◆不登校は命を守る自然な反応★決して怠けではありません◆◆そして学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、それでは反って事態を悪化させてしまいます■◆「不登校できない子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままに❤はみ出しながらつづります(^-^)❤
2017年10月12日 (木) | 編集 |
昨日、夕方日が落ちてから、歩いて数分のスーパーにお買い物に出ました。

そしたら、少し坂になっている歩道で、小さな女の子が自転車を押しているのですが、うまく向きを変えられないでいます。
近づきながら見ていると、自転車を支えきれず自転車ごと倒れてしまいました。

自転車がまだ少し大きくて、カゴにはペットボトルの入ったバックを入れていたので、ハンドル操作ができなかったようです。
バックをカゴ取ってもらって、自転車を起こして、しばらく一緒に歩きました。自転車はまだピッカピカの新品です。
「足はつくの?」と聞くと、「まだ乗れないの」だそうです。
自転車を買ってもらったのがとても嬉しかったのでしょうね。押して誰かに見せに行ったのでしょう。
「家は?」と聞くと、「すぐ近く」と言うので、そのまま二人で押して行きました。

家の前に誰かが立って待っているのを見つけると「もう一人で大丈夫です」と、彼女は一人で自転車を押して歩きだしました。
私はその後ろ姿に「倒れそうになったら、自転車を離しなさい」と声をかけて別れました。

重い自転車に手をやくのは、力が衰えた老女ばかりではないのですね。
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2017年10月08日 (日) | 編集 |
先日、初めて参加した別の地域の親の会は、ちょっと新鮮でした。

主催者から自己紹介、母親、そして不登校をしていた子の兄弟。
語り始められたとたん、胸に溜め込んでいたものが噴き出したのか、
普段泣かない方らしいけど、涙を抑えきれない様子でした。
いわゆる当事者ではない家族の苦悩を直に感じることになりました。
そして、その会の常連の母親たち。
自己紹介といっても、それぞれ語りたいことはたくさんあります。
私は最短の自己紹介で次に回しました。
「当事者を連れてきました」と中学生と参加した母親。
「私が変われないから子が変わらない」と、とても辛そうに語る若い母親。
それから、息子のひきこもりに真剣に向き合って、支援団体を立ち上げた父親。
それぞれ気持ちを抑え気味に自分の想いを紹介されました。

約十人の人が一巡すれば、あっという間に残り1時間です。

後半の部分は省きますが、たまには慣れない環境の中に身を置くのも勉強になるなぁと思いました。
そこにはよく知っている仲間もいたのですが、立ち位置が違うと、いつもと違った人に見えてくるのも新鮮でした。


2017年10月04日 (水) | 編集 |
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案外知らないですよね。私も参加してみようと思います。


2017年10月02日 (月) | 編集 |
にれけの人々 というテレビ番組があったのですが、ご存知ですか?私が確か小学生の頃です。
どういう内容だったか覚えていませんが、変わった人達が登場する面白いドラマだったように思います。

発達障害とか考えているときに、急に「にれ家の人々」という言葉を思い出しました。
私の親しい友人がよく「うちは、にれ家の人々みたい」と言っていたのです。彼女は笑っていましたけど、その時の話を思い出すと、あの家族の数人は、ちょっとした特徴をもった人達だったかもしれません。彼女自身も少し。

ちょっと空気が読めないおしゃべり好きな母親、怒るととっても怖いけど手品が上手な父親、急に怒鳴り散らし片づけまくるがとても社交的な長女、地味でこつこつと勉強にぼっとうする非社交的な次女、朝とても弱く特に中学生の頃母親にひどく当たり散らしていた長男、小1の通知表に1や2が並んだ次男。そして、読むのに時間がかかって本嫌いだった本人。
彼女は家庭内に乱暴な空気が漂うのが嫌だったのでしょうね。そしてその暴力に暴力で抑え込もうとする父親と、黙って従っているようにみえた母親にも不満があったように思います。でも、この家の誰も不登校状態にはなっていません。まだ学校や社会に時間的なゆとりがあったのかもしれませんね。

あの時あの両親にもっと知識があれば、別の対応がとれたかもしれません。
手が付けられない状態になれば、母親は嵐が通り過ぎるのを待つしかなく、彼女もその場から「逃げよう!」と弟と非難するしかなかったのだと思います。
彼女はこの異常な状態は、戦争や食糧難の後遺症だと自分で分析していたようですけどね。


2017年09月29日 (金) | 編集 |
初めて、ゆうゆうバスとやらに乗ってみました。バスはあまり好きではないんですけどね。

一つ間違えるとどこに連れて行かれるか不安で。
でも、この辺の方たちは役所や病院に行くのに、バスはかかせないようです。
乗る人が少ないと廃止になるかもしれないので、自転車で行ける所だけど乗ってみることにしました。

行きはよいよいです。・・・でも、帰りは予想外の回り道。寂しい山奥にでも連れて行かれるのかと、ちょっとヒヤヒヤしました。

それでも、少しは地図が頭に入っていたので、家に帰りつくことができました。

慣れると便利に使えるかもしれません。
今日は思いのほか日差しが強く、昼間歩くのは暑かったです。

不安な時は運転手さんに尋ねるといいのですよね。

実は一か月ほど前、市街地から最終バスで帰っているとき、ぼんやり乗り越して終点まで行ってしまいました。

暗くて不安になって運転手さんに「この道を戻ればいいですか?」と聞いたら、
なんと、そのままバスで、降りるはずのバス停まで運んでくださいました。
ビックリでしょう!? 有難かったです。






2017年09月24日 (日) | 編集 |
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小さいのに、魅せられます。



2017年09月21日 (木) | 編集 |
ある方が「中学校はブラック企業だ」とおっしゃったそうです。

朝7時頃から朝課外だとか、朝練があり、授業が終わっても部活を遅くまでして、そのあと塾に行って、帰宅するのは10時過ぎ、
そんな中学生はブラック企業で働いているようなものだという意味だと思います。

本当に労働時間8時間を大幅にオーバーしています。
特に睡眠が大事なこの成長期に、慢性的な睡眠不足を当然のように受け入れるのはとても危険です。
私はそう思います。学業面からも、とても損をしいているように思うのですけどね。

のびやかな考え方や、きらきら輝く発想など、出来にくいのではないでしょうか。



2017年09月19日 (火) | 編集 |
彼岸花がにょきっと顔を出しています。
「今まで隠れていたけど、ちゃんとここに生きていますよ」と言っているようです。

その赤い色は緑の中でとても映えますね。
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2017年09月16日 (土) | 編集 |
嵐の前の静けさなのか、青空が見えたりして、今もまだわりと静かです。
少し南を通るようで、最悪のコースは免れたと思いつつ、最悪のコースタだと思っている人もいるだろうと、気の毒にも思います。

自分の身に直接降りかかってこないと、反射的にほっとすることはありますよね。勝手なものです。

「あぁ、うちでなくてよかった」とか。・・・それが生きるものとして当たり前なのかもしれませんが。


ちょっと怖い嵐の日も、誰かが心配してくれていると実感できたら、心強いと思いませんか?


2017年09月13日 (水) | 編集 |
秋風が吹くと、ちょっぴり寂しい気持ちになりますね。
・・・・・・・・・・
それはそれとして、私の所属している団体がブログを作ったようですのでみてやってください。
登校拒否・不登校に学ぶフレンズネットワークくまもと 一人で悩まないで!」と入れて検索すれば出てきます。
そして、「いいね」でも押してもらえばありがたいです。

今からの親は、パソコンは必須みたいになっていくでしょうから、こういったものも必要なのでしょうね。
つまり、不登校の支援はこれからも必要だと判断したというわけでしょう。
あぁ、「いくら言っても変わらない」なんて思うこともあるけど、言わずに黙っていたら、増々悪くなるかもしれないし、

トンチンカンナことを言ったりしたりしている人たちと同罪になっちゃうと思うんですよね。
同じ考えの人がいたら「私もそう思う」とか、拍手をするとかだけでもしてくれたら嬉しいです。
四角い会議の席なんかでは、特にそう。心細いのですから。