◆不登校は命を守る自然な反応★決して怠けではありません◆◆そして学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、それでは反って事態を悪化させてしまいます■◆「不登校にもなれなくて無理を続けている子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままに❤はみ出しながらつづります(^-^)❤
2018年06月16日 (土) | 編集 |
テレビを見ていたら、「光るランドセル、夜道でも安心」みたいな広告が流れていた。

売り文句なのだろうが、ランドセルって小学生用のはず、夜間小学校でもできたのだろうか?

冬至の頃、東の地域でも、下校の時間頃はまだ明るいはず。

それとも暗い土砂降りの日を想定しているのだろうか?

私が思うに、ランドセルを背負う年齢の子が、夜道を歩くのは変だ。

ランドセルが安全のために光らなきゃいけないという世の中はおかしい。

あっ、思い出した、うす暗いグランドで部活の練習をしていた小学生。

あの子たちは、暗い道を帰るのだ。やっぱりおかしい。

家にランドセルを放り出して、暗くなってまで遊んでいる方がよほど健全な気がする。

真面目な子どものランドセルは、後ろにひっくり返るくらい重たくて、夜光る物になるのか。

何かが大きく間違ってるような気がする。
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2018年06月13日 (水) | 編集 |
子育てって、考えると難しい。
子どもは一人ひとり違うわけだから、子どもの数だけ子育ての仕方があるというわけかな?

「私の子育てが間違っていたのかしら」と不安になったり、
「どう育てたらいいのか分からない」と途方にくれたり、
親は子どもを立派に育てようとして壁にぶつかる。

伝統を受け継いでいる家なんかは、子どもの意思とは関係なく、技を叩き込む場合もある。

何が正しいのかなんて考えていても、難しすぎて困る。

子どもの立場て言うと、親が自分を大事に思ってくれているのが分かれば、少々の無理にも応えようとすると思う。

子どもが一番イライラするのは、本気の親を見られないことかもしれない。

生き様が本気なら、うそでなければ、多少失敗しても子どもは親の生き様から学ぶのではないか。

親だって、子どもだって人間だもの。臆病で、卑怯で、弱い所だってあるよね。

いろんなものを持ち合わせているのがヒトなのではないかな。

「どうしたらいいのかしら」と思っている時点で、しっかり親の仕事をしようと頑張っていることは確かなような気がする。


2018年05月30日 (水) | 編集 |
子どもの好きな花をきいてみたら、

とてもはっきりした色の華やかな花たちで、

わたしの選択肢の中にはない花たちでした。

ちょっとびっくりです。こんなに好みが違うのかと。


あぁ今ごろ気づくなんて、うかつだな。


2018年05月21日 (月) | 編集 |
中学三年になると、「高校受験」が気になる人が多いでしょう。不登校状態の子どもや親なんか、もっとかもしれない。

「入れる高校があるの」、「なるべく登校しなくてもいい学校はないの」、等々。

その気持ちは、よーく分かります。そして、支援者なんかもすぐ反応して学校の情報を教えようとしますよね。

だけど、もっと大事なことがあるような気がする。そのことを確認してからでも遅くはないのではないかな。

すぐに「こんな高校あります」と並べると、大事なことに気づくチャンスをつぶすような気がして、気になります。


2018年05月18日 (金) | 編集 |
起立性調節障害という病名だったかな、最近増えているとか言ってた。思春期の子に多いらしい。

そして症状はというと、朝、だるくて起き上がれないとか、頭痛や吐き気。すごく辛くて、当然学校に行かれない。

どこかで聞いたような症状。ちょっと見た目は健康そうだから、怠けと間違えられて、無理やり起こされたりしているらしい。

そんなことしていると、悪化するんですって。

睡眠不足が主な原因で、不安を感じるのもよくないとか。・・・・似てるでしょ?不登校の子どもたちと。

最近増えているという点も共通していますね。


2018年05月16日 (水) | 編集 |
夕方四時過ぎ、お城の近くの静かな道をバス停に向かっていたら、可愛い女の子がこちらに向かって歩いていました。

小学三年位かな、キティーちゃん柄のリュックをしょっていて、すれ違う時、リュックの口からからピンクのファイルが丸見え。

私が「空いてるよ。ファスナー閉めてあげるね」と言うと、その子は何の抵抗もなく、立ち止まってファスナーが閉まるのを待っていた。

「今から勉強?」と聞くと、うんと頷く。私は「大変ね」と言って手を振って分かれた。

その子は少し微笑んでまた歩き出した。

買い物袋を提げたシルバーなおばさんは、警戒の対象にはならないのだろうな。いつもは考えないようなことを考えてしまった。

私が小学生の時なら、友達と遊んでいる時間。あの子は多分塾に行くのだろう。そして、日が沈むころ帰宅するのかな・・・。

どうかどの子も無事でいてください。どんなにしっかりしているようでも、危ないのです。それは昔も今も同じ。


2018年05月13日 (日) | 編集 |
今、通信制高校と呼ばれる学校がとても多くなっていますよね。不登校になって高校を辞めざるを得ない子が増えているからかな。
そんな学校から資料を取り寄せて、あれこれ考えている人は多いと思います。どういう基準で学校選びをすればいいのか。

疲れている子どもは、あんまり気乗りしなくても「ここでいい」とか「ここに行く」とか、自分で判断しているように言うかもしれません。だけど、その言葉はあまりあてにならないことがあります。

どうして高校辞めて、またすぐ違う高校へ入らなければいけないと思ってしまうのでしょうか。今この時期に決めないと、人生台無しになってしまうように思っている方がいらっしゃるなら、それは誤解というか、早とちりと言うか、そんなものではないかと無責任に思います。

そんな縛りから解放されたら、とても楽になるのになぁと、・・・・。言うのは簡単と怒られそうだけど、言わずにはいられない。
もう、遠慮なんかしてられない。(今、猫が[@^^^^^^^^^^^^^^^^^^^09パソコンふんで通った)

よけいなことを書きましたけど、資料取り寄せ連絡しないでいると学校側から「見学に来られませんか」などと電話があちこちから入ったりするそうですけど、そういう学校は定員に達していない所でしょう。つまり、生徒をまだまだ獲得したいと思っている学校ではないかと。催促されるような学校は要注意だと、へそまがりな私は思います。

不登校のことをよく理解しているなら、向こうから催促はしないのではないかなぁと、私は思いますけどね。

ただ、評判のよくない学校でも、すてきな出会いはあったりするから、人生面白いですよね。ケセラセラ~



2018年05月10日 (木) | 編集 |
今朝、あさいちで、部活の短縮軽減みたいなことについてやっていました。

いろんな意見が出されてはいたけど、ちょっと科学的な意見を述べる人がいなかったような・・・・。

短時間でやると、だいたいあんな感じでおわるかな。とはいっても、最後の五分間くらい聴いていませんでしたから、まちがっているかも。

部活といっても、学校によっても取り組み方は違うようで、好印象の人もいれば、地獄のように感じている人もいて、そんな人たちに一律に「週休二日になるのはいいことですか?」をなげかけても、どうかなと思いました。

そして、休みを増やす学校と、そうしない学校があると不平等だから、強制的に一律にしてほしいなんて意見もあるのには、私としては驚き。

専門家じゃないから、いい加減なことをいいますが、練習を疲れきるまでやるより、適当に休みを入れる方が、効果的ではないのかな。
それから、部活がない時は、ボーっとゲームばかりするから休みない方がいいという親がいたけど、
それって、練習のし過ぎで疲れているから、一見だらしないことになってしまうのではないかと。

体力も、能力も一人ひとり違うのだから、皆が同じ練習量をこなしていけるとは考えにくい。

そして、自主的に自発的にといいながら、強制的に部活をさせているのは、とても変だと思いました。

子どもたちは、部活ばかりか勉強も熱心にしなければならないので、子どもたちの生活全体を見て、議論した方がいいんじゃないかとも思いました。

ちなみに私の高校の部活はコーラスで、顧問の先生は吹奏楽部に熱心で、一度も指導に来られなかったので、部員だけで細々と続けていました。情けないような、楽しかったような・・・。笑っちゃいますね。



2018年05月02日 (水) | 編集 |
太陽光発電が、九州では盛んらしい。でも、お天気に左右されるのが困りごとみたいです。

電気って、発電量と使用量が一致していないと停電になったりするんですってね。

理科は好きな方だったけど、知らなかったです。私また一つ賢くなった?。


それはともかく、世の中つまんないことも多いけど、面白いことも多い。

最近、とけない(融け難い)アイスクリームができたらしい。画期的ですね。

あっ、正確に言えば、「できた」ではなく、「作られた」ですかね。

誰かたちが、知恵を出して作ったのです。

・・・・うーん、それでは「登校しなくていい学校」なんていうのも、作れそうですね。




2018年04月30日 (月) | 編集 |
今朝、NHKでやってました、発達障がいの困りごと。

音や光に対して、感度が良すぎて生活が困難な人、知的障害はないのに読み書きがとっても難しい人、片付けたいのに片づけられない人、そして、空気が読めない人などについて、困りごとと対処の仕方が当事者から語られていました。

私が一番驚いたのは当事者の、疲労度です。それは私の想像をはるかに超えていました。個人差はあるようですけどね。
小さい頃は、自分のそんな特徴が自覚できず、もちろん周りの人も認識できず、もう死にそうなくらい辛かったそうです。それはどん底の気分でしょうね。

この世の中多数派が常識を作っているでしょうから、少数派は生き辛くなります。

「出来て当たり前」という考え方、場合によってはとても激しい暴力になるんですね。


ところで、発達障がいの困り感を勉強していても、家族の事となるとその学習したことをうまく応用できない場合が多くありませんか?
「もう!どうして一人で片づけられないの」とか「何にもしないでゴロゴロしてばかり!」など、出来ない人に向かってイライラを募らせることありませんか?・・・私はあります。これってどうしてでしょうかね。

よく理解し、その人に対して工夫や支援が必要で、その人が悪いのではないと思えれば、お互い楽になるのに。ねぇー。

だらしがないとか、いくら言っても分からないとか、そういってる人も少々問題ありだと思います。はっきり言って、私が問題ありです。腹立ちますよ、本当に。それはそうなんですけど、出来る人が歩み寄らないと事態はなかなか改善に向かわない。

不登校になった子を「生きているだけで有難い」と心底思えば、子どもは安心して元気になっていきます。そのことを知っているなら、応用しましょう。「生きてて、あったかい存在」を有難く思いましょう。・・・これ自分にも言ってます。

ゴロゴロしているばかりの人は、とてもとても疲れているのでは?。文句を言っても逆効果。「外でとても緊張して、ストレスを極度に感じながらも頑張ってきたのね」とねぎらいましょう。

「何にもしない」と言うけど、呼吸をしたり、食事や排せつが出来ていることにまずは感謝してみましょう。身内だから腹も立つけど、他人だったらきっとそうできているはず と、自分に言いきかせ、マイナスのサイクルからいったん飛び出して、プラスのサイクルへと、対応の仕方を切り替えましょう。

一人で出来ない場合には、誰かに手伝ってもらうのもいいでしょう。相手が愛する子どもだったら、できるけど、愛が消えた配偶者では無理、といいう声が聞こえてきそうですが、そこは人間愛を持って対処しましょう。

何もしないと言われてしまう人は、何か訳があります。そして、よくよく観察すれば、「何もしない」でいるわけはなく、いろいろしていらっしゃるはずです。生きている訳ですから。多分すくなくとも「休憩」をしていると言えるんじゃないでしょうかね。

よく、「こんなに休んだのだから、そろそろ学校行ったらいいのに!」と言われることがあるけど、何か月休んでも元気がでないことってありますよね。それは、学校は休んでいるけど、休養は出来ていないということが多いです。その場合は対応の仕方がどこか間違っているからだと思われます。

・・・・・そんなことも知っていても腹が立つんですよね、毎日顔を合わせていると。・・・とにかく、逆効果になると分かっていることだけでもやめてみますかね。

相手の困りごとをよく理解することが、自分の幸せにつながるような気がします。