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💓不登校は命を守る自然な反応💓決して怠けではありません ◆★◆それでも、学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、必死になるとかえって事態を悪化させてしまいます★💓★「不登校にもなれなくて無理を続けている子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままにはみ出しながらつづります(^-^)❤
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2015年11月08日 (日) | 編集 |
ここ数日、夏服でちょうどいいくらいの暑さでした。熊本は11月でも、汗ばむ日はあるのですけど、ちょっと気になります。

そんな日に市内の高校生の制服は、しっかり秋モード。
気の毒になって「大変ねぇ」と声を掛けると、女子高生たちは大きくうなづいていました。

もうそろそろ固い頭を、いえ、固い規則を変えるときなのではないでしょうかね。

そもそも服は、体を守り、被服気候を快適に保つためのもののはずです。「制服」となると、別の意味が加わっているのでしょうかね。

何をもっとも大切にするのか、意見の分かれるところでしょうか・・・。
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2014年02月11日 (火) | 編集 |
昨日だったか、日本のここ55年を振り返る池上さんの番組があっていたのですけど、私は知らないことが多くて、とても勉強になりましたが、教育に関して次のようなことが話されました。


歴史を振り返ると、詰め込み教育 から 校内暴力が増え それを押さえこんで いじめが増え 不登校が増えてきたと見られる。今度「ゆとり教育」をやめたことで、また詰め込みをやって逆戻りしてしまったら、同じことを繰り返すのではないか。というようなことを出演者らが語っていました。

行政が行った「ゆとり教育」が「本当のゆとり」であったかは疑問ですけど、詰め込み教育や学歴偏重など過度なストレスがいろいろな弊害を生んでいるのは、明らかだと思います。

ストレスはあっていいと思いますが、過度であったり、ストレスを解消する「ゆとり」がないことがよくないのであって、その「困難」と向き合い、改善していく政策を、行政にはとって欲しいのです。

ちょっと生意気ですけど「歴史に学んでよね!!!」と、色んな意味で言いたいです。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2012年03月22日 (木) | 編集 |
2009年2月に市の教育委員会に
  • 要望書
  • を出したのですが、その中に

    一 教師の精神的、肉体的負担を少なくするようできる限りの工夫をすぐに実行してください。と書きました。

    山鹿中の校長がこの要望を目にされた訳でもないと思いますが、これをきっかけに「工夫」が広まっていくと期待します。とても嬉しです。


    そして不登校の親を経験した私としては、この記事に
    「教師負担削減で不登校激減」と見出しをつけたいところです。

    テーマ:子育て・教育
    ジャンル:学校・教育
    2009年02月05日 (木) | 編集 |
    ◆◇◆ 子どもたちのためのお願い ◆◇◆

     我が子が不登校になった時は、ほとんどの親がそうであるように私も自分の子育てや夫婦関係、自分自身の生い立ちにまでさかのぼって原因探しをしました。子どもが敏感過ぎるのかと思ったりもしました。だけど冷静に周りを見てみると、子育ての仕方や子どもの性格に関係なく、いろんな子どもが不登校になっていることに気づきました。
     また、多くの子どもから慕われるような先生のクラスの生徒も、不登校になることがあります。子どもが不登校になると、どうにかして登校できるようにと親も教師も本人も真剣に悩みいろいろ試みます。もちろん行政の方々もいろいろ手を尽くされることと思います。
     しかし、いろいろな対策がとられても不登校の数は減るどころか増えています。何故でしょうか。私は、不登校を減らそうとやっきになることが、かえって真面目な先生方を追い詰めているのかもしれないと感じています。ただでさえ忙しい先生に精神的にも肉体的にもさらに負担を重くし、子どもと向き合う余裕を奪っているのではないかと考えています。また「自殺されるよりは」と早めに休ませる親も増えているのかもしれません。そして不登校の背景には、個人への対応だけではどうしようもない、世の中全体の「病」のようなものがあると感じています。
     今の子どもたちは学校で細かい規則や一律の価値観の中でストレスを感じる場面が多く、放課後地域や家庭でもそれを解消できないままストレスを溜め込んでしまい、意識するしないにかかわらず「これ以上我慢すると命が危ない」と体が反応して学校に行けなくなるのではないでしょうか。だから過度なストレスを失くすことと、ストレスを解消できる時間や場所や相手を確保してやることが大事だと思います。そしてそれは先生方にも言えることで、精神的肉体的負担を削る工夫をしていけば、先生方にもゆとりができ、いい方向へ向かうと考えます。学校から不登校を減らすという発想より、子どもや先生が楽しいと感じる学校を目指すほうが早道ではないかとも感じています。
     先生方も塾や予備校のような授業ではなく「もっと子どもたちが目を丸くして参加してくるような授業をしたい」と思っていらっしゃるはずです。そういう授業が出来るようになれば自ずと子どもたちも活き活きと学び、生き抜く力を身につけられるのではないでしょうか。
     それから、どんなに理想的な学校でも不登校になる子は出るかもしれません。そんな子どもも学びたい時に学び直せるシステムを充実させて欲しいと思います。これからは益々柔軟な思考力が必要になってくると思います。テストのためだけに勉強していたのでは厳しい人生を乗り越えていけません。そして大きな困難にぶつかった時どれだけ勇気を持ってそれに立ち向かっていけるかどうかは、その人が愛されたことを実感できているか、信じられているか、または自分を含め愛するものがあるかどうかで決まると思います。私自身、窮地に立たされた時そう実感しました。
     「今頃の子どもたちは弱いから鍛えなければいけない」と考えていらっしゃる方も多いと思います。しかし、登校できないくらい弱っているときは、鍛えることではなく癒すことが必要です。まずは不登校が弱い子にではなく「どの子にも起こりうる」ということをご理解いただきたいと思います。
     十七年間不登校に関わってきたものとして、子どもたちから学んだことをもとに以下のことを要望します。
    一 教師の精神的、肉体的負担を少なくするようできる限りの工夫をすぐに実行してください。
    二 不登校になって深く悩んでいる子やその親や教師のために、民間の子どもに関わる施設や支援者ともっと協力し合ってください。そして活動資金を援助してください。

     以上、子どもの学ぶ権利、生きる権利を保障するために切にお願いいたします。◆◇◆


    テーマ:子供の教育
    ジャンル:学校・教育