FC2ブログ
💓不登校は命を守る自然な反応💓決して怠けではありません ◆★◆それでも、学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、必死になるとかえって事態を悪化させてしまいます★💓★「不登校にもなれなくて無理を続けている子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままにはみ出しながらつづります(^-^)❤
| Login |
2015年10月04日 (日) | 編集 |
今日はとても過ごしやすい行楽日和だったのに、珍しく一日家にいて、家事をしていました。
(部屋があまりにも散らかっていたので・・・)
時々猫が邪魔するし、眠気は襲うし、はかどりませんね。
寝っ転がったり、天井を眺めたりしながら、思いつきました。

ストレスの海で暮らす人々
ある不思議の国では、人々はストレスの海を泳ぎ、その海に浮かぶ島々に上がって休息をとっていました。
でも、競争熱が上がって、ホッ局の氷の山が解け出して、ストレスは増す一方です。
しだいにストレスの海面は上昇し、島はだんだん小さくなって、人々はなかなか休憩が摂れなくなっていきました。
それでも真面目な人々は、泳ぎ続けています。このままではとても危険ですね。
この国の人々は、これからどうしていくのでしょうか。
  みたいな。^^;

不登校の子どもたちは、そんな危険を知らせてくれているようにも思えるのですけど・・・。
スポンサーサイト



2013年04月01日 (月) | 編集 |
四月になりましたね。

耳寄りな情報です。ある地方都市の教育行政が様変わりするそうです。教育の予算を大幅に増やして、20人クラスを実現するそうです。びっくり? そして、学校を地域へ解放し、地域の人を巻き込みながら、一体となって子どもたちを見守るような仕組みにするそうです。

あいさつ運動や、よい子にするためのスローガンをかかげるのではなく、大らかな環境を整えていこうという姿勢で臨むそうです。

子どもをどうにかしようというより、大人がまず謙虚に、子どもと共に学べることに感謝して、子ども一人一人に丁寧に向かいあう心意気で教育に携わるそうですよ。

なんてったって 4月1日ですから・・・・・

テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年04月24日 (土) | 編集 |
 私は琴です。歌うのが大好き。私を歌わせてくれる人を心待ちにして、店に立てかけられていました。でも、なかなか買ってくれる人が現れません。そんな暮れの寒い日、若い娘さんが来て「これを、私が嫁ぐ日に実家に配達してください」と私を指差して言いました。私は綺麗な着物を着せられて、お嫁に行く気分でした。
 「お嬢さんからの贈り物ですよ」そう言って私は60歳のおばさんの手に渡されました。おばさんは何度か私を弾いてくれたけど、いつのまにか床の間に立てかけたまま、ほとんど触ってくれなくなりました。

 春が来て、夏が来て、秋が来て、寒い冬が来て、そしてまた春が来て・・・何度目かの春に、車に積まれて引越したのは覚えているけど、そこでもやっぱり部屋の隅に立てかけられたままでした。そして夏が来て、秋が来て、冬が来て、また春が来て、私はずっと立ったまま。いつの間にか待ちくたびれて、眠り込んでしまいました。


 「弾きたい弾きたいって言ってたから、貯金をはたいて買ってやったのに」そんな声で目が覚めました。「もう30年も放ったらかして、もったいない!!」と言う女の人の声が聞こえます。「30年?!きっと私のことだ」と思いました。そしたら急に私は抱えられました。「えっ、捨てられるの?」と心配していると、懐かしい匂いのする所へ連れて行かれました。
 「これ、まだ弾けますか?」と女の人が聞くと、ちょっと私の身体を触って「弦を張替えたら、弾けますよ」とおじさんが答えました。

 私は新しい弦を張ってもらって、丁寧に幾重にも包まれて、箱に詰められ、長いこと車で揺られて、見知らぬ家に届けられました。私はどうなるのかとドキドキしていましたが、そっと箱から出され、最初に目が合ったのは可愛い優しそうな女の子でした。
 その日から、今までとはまるで違う生活です。毎日優しく声をかけられて、毎日歌を歌っています。長いこと眠っていたので、急にいい声は出ませんでしたけど、今では澄んだ声で歌えるようになりました。そして時々外へ連れ出されます。

 デパートへも行きました。そしてこの前なんか、お城へ行きました。あの熊本城の本丸御殿です。ものすごく立派な部屋に通されて、真っ赤な敷物の上に置かれて、とてもとても緊張したけど、とても気持ちよく歌えました。嬉しかったなぁ。しなやかで、優しい手の動きで、私を気持ちよく歌わせてくれる。お喋りしていたおばさんたちも、私の歌にしーんと聴き入っている。気持ちいい!
 私はずっとずっと、こんな日が来るのを待っていた気がします。部屋の隅に立ったままで、このまま死んでいくのかと思ったこともあったけど、生きててよかったぁ!! 生まれてきて本当によかった!!と思いました。

テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年04月01日 (木) | 編集 |
 以前この国には、〝学校〟というものがあって、大人の言いつけをよく守り、大人の指示通りに動く子どもが尊ばれていました。それなのに、自主的に!個性的に!と声高に叫んでもいたのですよ。??

 学校はおおむね四角い建物で、いくつかの部屋〝教室〟に分けられていました。そして、〝職員室〟と呼ばれるものがあり、子どもたちはそこに入るのに、一々許可をもらわないと入れないのが当たり前になっていました。そうそう、教室のそとで何かをする時、部屋には鍵をかけたりもしていたのですよ。物が盗まれないようにね。
 そして、教員つまり先生が一生懸命しゃべって子どもに教えることを〝授業〟と呼び、その開始がチャイムで知らされていました。ちょっと小学生の教室を覗いてみると、先生の質問に答える時は、みな同じ角度に手を挙げ、当てられると起立して、椅子を机に入れて、しっかりとした丁寧な言葉でこたえ、こたえ終わるとまた椅子をひいて着席する。そんなことを素晴らしいと思っている大人たちがいっぱいいたのです。子どもたちはいつの頃からか、大人の喜ぶ答をこたえるようになっていました。そうしないととてもきつかったからです。

 今では笑い話ですが、毎朝〝あいさつ運動〟と呼ばれるものがあり、学校へ来る子どもたちを、教員が校門の前に並び、チェックをしていたのです。どんなチェックかというと、「服装に乱れはないか」と、ものさしでズボンやスカートの丈を測ったり、髪を染めていないかと目を光らせたりしていました。つまりね、〝制服〟というものがあって、みんな同じ格好をしていたのです。だけど、中には大人に反発したり、自分らしさを出したいといろいろ工夫する子もいて、大人たちは「それはけしからん」と取り締まっていたのよ。そして髪を茶髪に染めていると、学校に入れてもらえなかったりするものだから、元々赤毛の子は、先生から目をつけられないように黒く髪を染めたりしていたの。今考えると滑稽ね。でも、みんな大真面目にそんなことをしていました。


 中学校は小学校より自由が利かず、決まりも事細かにありました。そして、みんなが仲間を敵とみたてて競争をしていました。びっくりでしょう。生徒と生徒、先生と先生、学校と学校、みんな競い合っていたのです。大人は子どもがへとへとになるほど頑張っているのが嬉しいらしくて「この一分、一秒を無駄に過ごしたら、君達の将来はない」と叱咤激励していたの。そんなことを言われれば、真面目な子は休めませんよ、全く。

 大きな声では言えませんが、順番をつけるための〝試験〟というものがあったんですよ。しかも幼稚園の頃から。そして笑っちゃうのは〝遊びを教える塾〟みたいなものがあったこと。子どもたちは楽しかったのかな・・・。あげると切りがないのですが、大人は子どもを信用できなかったのかしら?びっくりすることばかりです。


 それにしても、そんな変な国が、よくこんなに素敵な国に変身しましたね。やっぱり子どものパワー、とりわけ学校をみかぎった子どもたちのパワーですかね。                    2010年 4月1日 
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育