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💓不登校は命を守る自然な反応💓決して怠けではありません ◆★◆それでも、学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、必死になるとかえって事態を悪化させてしまいます★💓★「不登校にもなれなくて無理を続けている子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままにはみ出しながらつづります(^-^)❤
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2018年12月02日 (日) | 編集 |
熊本市教育長が「不登校数のカラクリ」とかいうコラムを熊日新聞に書いていらっしゃいます。かなり話の分かる方だと期待していますが、実際はもっと不登校の数を実態より少なくみせようという「カラクリ」があるのです。

いや、不登校の数の実態というより、登校を嫌っている数の実態と言った方がいいのかもしれません。

それで思いついたのですが、「不登校の数」を調べるのではなく、「今日も学校に行ける!」と喜んで登校している子の数を数えてみたらどうでしょうかね。そして、登校したくなる理由を調査するようにした方が、いいと思いませんか?

そうすれば、「この学校のこういう所がいいんだ」とわかるじゃないですか。そして、他の学校はこんなに喜んで登校する子どもたちが多いとなれば、「もっと子どもたちが喜んで来てくれる場所にしよう」と、先生たちも教育委員会も前向きになれるかもしれない。

「喜んで登校している子」・・・どの位いるのかなぁ。

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2017年09月03日 (日) | 編集 |
「学校」といっても、みな同じということではないですけど、
「学校に行くこと」が子どもたちの目標になっているとしたら悲しいです。

学校は、生きていくための能力を伸ばすために利用する一つの選択肢ぐらいに考えてみたらどうでしょうかね。

他にもいろんな手段はありそうです。

それに、中学校を卒業したら、すぐに高校に入らないといけないとか、働かなきゃいけないという法律はありません。
心身がまだ外へ向かないような状態で進路を決定するより、時間をおいて考えるのもいいし、
学校や職場ではできない経験をしてみるのもいいですよね。

教師も、親も、いわゆる「常識」に囚われないで少し自分の考え方を開放してみてはどうですかね。
普通は日常に流されてそんなことできないけど、せっかく子どもが立ち止まってくれたのでしたら、
それを好機ととらえてはどうでしょうか。

学校のために子どもが存在するのではないのですから。
2017年07月12日 (水) | 編集 |
今の学校に合わないからといって、悲観することはないと思います。今の学校が世の中の動向についていけてないって、多くの人が認めているわけだから、そこに合わないっていうことは、未来を生きるためには希望の持てることかも、なんて思いませんか?

こんなことを言うと、学校に通っている子たちが不安になるかもしれませんけどね。・・・・・学校に通えている子たちの中には、求める物が学校にはないと分かっていて、適当にこなしている子もいるのかもしれませんね。
学校に行けなくなって苦しんでいる子は、概ね真面目な子たちですから、将来真っ暗なんてことは、ありません。私はそう思います。

罪悪感が消えると、きっと元気になるので、本来のエネルギーを自分の興味の湧く所に向けたらいいと思います。

子どもたちが大人になる頃、どんな世の中になっているか・・・・・。ロボットができる仕事が増えていて、戸惑う人も増えているかもしれません。
ロボットにできないことって、どんなことでしょうかね。ある人は、コミュニケーションだと言っていました。私は、疲れたり、悲しんだり、悩んだり、怖がったりすることも人間にしかできないことかなと思います。

今、弱点と感じている所が、大きな強みになる時がくるかもしれません。ピンチはチャンスですからね。(これは自分に言っていることかも)・・・・・

いずれにしても「学校」は利用するところであって、支配されるところではありません。それははっきりしています。
2014年09月21日 (日) | 編集 |
ある高校の創設者の言葉を、その学校通信で目にした時、私の心に衝撃が走りました。


太陽は誰のものか

子供は太陽である
親は子供という心の太陽に希望をもち 生活に光を見出す
教師は子供という太陽によって
何よりも尊い我が姿を見出す
その太陽 それは一体誰のものか
太陽は父母の私物ではない
教師の独占すべきものでもない
太陽自身のものである
自由に光輝くものを阻むものを
除くべきである

この先生が

「子どもたちは入学と同時に種々様々な拘束のもとに
不自由な生活を強いられる」

と既存の学校の価値観を嘆かれたのは90年も前のことだそうです。

学校に教育以外の感情がみなぎり、
教室に教育以外の感情が流れる その先にこそ、
自然で無邪気な子ども達の姿が輝く

と、説いていらっしゃるそうです。・・・・・・・・・私が生まれるかなり前に、こういう考えの教師がいらっしゃったのですねぇ。・・・きっと、この考えを引き継いでいる先生が複数いらっしゃいますよね。

もっと多くの方に引き継いでほしいですね。
2013年12月13日 (金) | 編集 |
このブログをご覧になっている方は、インターネットの便利さと同時に怖さもご存知だろうと思いますけど・・・

私は、そんなに詳しくないので、実はよく知りません。だから、少し怖さについて勉強してきました。

・ネット上の情報を鵜呑みにすると、とんでもない事件に巻き込まれたりします。
例えば、自己紹介に素敵な写真が掲載されているからといって、必ずしも本人の写真とは限らないし、女性と書いてあっても男性かもしれないし、年齢だって、いくらでもごまかせます。
・だから、ネットで知り合った人と会ったり、住所などネットに書き込んだりしてはいけないということでした。

・そのくらいのこと分かってるはずと、私なんか思ってしまうのですけど、現にネットで知り合った人が同性だと思って、裸の写真を交換したりしていたら、それがネット上にばらまかれたという事件があったそうです。

・また「児童ポルノの反乱」などもよく聞かれる言葉ですが、いやらしいというより「気持ちが悪くなるほど卑劣なもの」が出回っているそうですので、要注意です。

・ラインをするには、フィルターを外す必要があるとか・・・。私は知りませんでした。

●だからといって、大人が子どもから無理やりネットを取り上げようとしても、逆効果だったりします。
信頼関係を築いて(信頼される大人になって)子どもとしっかり向き合って、話し合うことが大事だと言われていました。

テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2012年12月30日 (日) | 編集 |
元気に全速で十歳位の男の子が坂道を駆け下りて来たと思ったら、その後を追って三歳くらいの男の子が、止まれない感じで駆け下りて来ました。そんな孫たちを祖父母が穏やかに、ゆっくり歩きながら見守っている。先日、ちょっとハラハラするけど、ほっとする光景を目にしました。

小さい子は、下手に止まると転んでしまうんですよね。不安定だから走り続けるのでしょう。


そんな姿を見ていて思ったのですけど、
人が前へ歩き出すとき、歩こうと意識すると同時に、安定した姿勢から少し重心を前へ移動して足を踏み出すのではないでしょうか。安定した状態のままでは、動き出せませんよね。バランスをくずすから歩けるのかもしれません。



子どもが不登校になったら、初めからどっしり構えて静かに見守る親なんて、ほとんどいません。うろたえるのが当然です。「学校に行かなくてもいい」と言っても、いつまでこのままなのかと常に心は揺れ続けます。それでいいんだと思うし、最近はその方が自然な反応で、無理がなくていいのではないかとさえ思っています。

「何も働きかけをしないようにしている」という方がいらっしゃいますが、何かを我慢してそうしているのなら、そんなに我慢しなくてもいいのではないですかと声をかけたくなります。


誰かが会得したことを、そのまままねしても、そのうちそれだけでは対応しきれないことが出現しますから、試行錯誤して揺れることを、あまり恐れないでもいいのではないかと思うようになりました。


本当に苦しいとき、立っていられないとき、そんな時はそこに留まってゆっくり休む勇気も必要です。ほかの人がどんどん先に行って、おいてけぼりになる不安が襲ってくるでしょうけど、大丈夫です。

人には誰にも潜在能力というか、自然治癒力というか、見えない力が存在しますから、それを信じてくだささい。・・・これは私自身にいいきかせているのかもしれない・・・


ピンチはチャンスと普段は思っていても、いざピンチになると「チャンス」という言葉さえも思い出せません。だから、ちょっと弱音を吐いてください。「助けて!」と言ってください。周りにそんな人がいないのなら、私にでも言ってみてください。



人は支えあって生きていくもののようです。誰かが寄りかかってくだされば、私はその方を支えにできます。つまりお互い様というわけですから、遠慮は無用です。






テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2012年12月15日 (土) | 編集 |
熊本空港は霧に弱くて、よく着陸できないことがあるようです。空港をつくるときに分からなかったのでしょうかね。

市内からも時間がかかって困ります。

実は娘が帰省するのを首を長くして待っているのですけど、天気次第では福岡に着くか、東京に戻るとかで、気をもんでいます。


あの子も学校へ行かない時期があったのに、よく頑張りますよ。多分頑張るからとても疲れたのだと思うのですけど・・・。


親が頼りないせいか、もともとの性格か、子どもたちはしっかり育ったと思っています。

とにかく、元気で帰ってきてくれたらと思っています。



明日は選挙ですね。権利のある方は投票に行きましょうね。一票ぐらいで変わらないと思っているなら、それは間違いですよ。