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AI、役立ててます

今日知ったけど、人の声紋の違いを利用して、コロナの「咳」かどうかを判別するソフトが開発されているそうです。
すごい!もうじき完成するのかな?

なんでも人口40万人に医者が1人みたいな国にもケータイは普及していて、このアプリが使えれるようになれば、貧困地域も早く新型コロナの感染者を見つけ出せるようになるそうです。

AI、役立ててますね。すごいな人間の知恵は。

ものすごいコンピューターって、ちょっさと怖いイメージあるけど、創り出すのは人間だし、使うのも人間のはずだから、・・・・

人間の考え方にかかっているってことかな。
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読み終わりました

数日前に、あの分厚い本(4/23,5/19の記事参照)を読み終わりました。ちょうど6月15日の一日前でした。すごくないですか!?

その本は、子ども向けの哲学書かと思っていたら、ドキドキするようなファンタジー小説でもあったのです。

そして、「6月15日」が大事な日。と言えば、読んだことのある人はすぐに分かる世界中で翻訳されたベストセラー「ソフィーの世界」。

本嫌いな私も、「続きを早く読みたい」と思うくらい面白い(特に後半)。だけど、私は理解しながら読んだわけではありません。そんなことしていたら、読み終わらないと思ったので、とにかく最後まで文字を追っていく感じで読みました。

読んでいて一度よんだような気がする場面があったので、きっと「娘が夢中になる本ってどんな本かな?」と思って読んでいたのではないかと思います。

娘に本のことを話したら「図書館で借りようと思ってたら、お父さんが買ってくれた」と言ってました。私はそんなことはすっかり忘れていて思い出しもしません。夫も子どものことを思っていたのですねぇ。・・・

私の頭は、二昔前より少しましになっているのかもしれません。何しろ「読書って面白い!」と感動しているのですから。

我が家の猫

パソコンを開いて、「さあ仕事を始めよう」としていると、我が家の猫が鳴きながらよってきて「撫でて」と言わんばかりの態度。

仕方がないので、仕事の手を休め、猫の顔を見て「どうしたの?」などと話しかけ、なでる。
よく見ると額の一部にかすかな傷。「けんかしたのね、痛かった?」というと、猫はおとなしく私の腕に身をゆだねた。

いつもこんな感じだなぁと思いつつ、数分子守歌を歌ってみる。

満足したのか、我が家の猫は向きを変えてパソコンに寄りかかって眠りに入った。

私はそーっと、また仕事を始める。

小さいときこそ本物に

4月23日の記事の「うちの子どもが中学生の頃読んでいた分厚い本」やっと半分近く読み進みました。半分しかともいえると思いますが、私としては「半分も」という感じです。これは子ども向けの哲学の本たと思うのですが、色々考えさせられます。

それで漠然と思ったのは、子どもは小さいときこそ本質に迫れるような知識や思考の持ち主と接触できるようにするべきではないかなということです。
子どもは素直に「これ何?」「どうして?」と疑問を投げかけてきます。そんな時にどう接するかって、とても大事なことじゃないのかなぁと思うわけです。

私は多くの知識を若いうちに詰め込むのはどうかと思っているんですけど、美術や音楽ばかりではなく、その他の学問もホンモノに触れる機会があったほうがいいのではないかと、漠然と思ったのでした。もう少し具体的にいうと、色んな事をよーく理解しているような人が小さい子と接触し、学びの助けをしてくれるようなシステムだったりカリキュラムだったりがあったらなぁと思ったのです。

人間って、小さいときの方が物事の本質と向き合う能力にたけているような気がするんですよね。でも英才教育をイメージしているわけではないのです。
なんか矛盾していると感じられるかも知れないけど、今の教育現場では教科書にそって知識を教えて、年齢が上がっていくにつれより詳しく、わりと難しいことを教えるみたいなことになっていると思うんですけど、なんかそもそもそんな順番でなくてもいいのかもしれないと、漠然と、ひとりごとののように思ったのでした。

なんかわかりにくくてごめんなさい。ではまた。

良かったり悪かったり

緊急事態宣言で人が外出を自粛するようになって、いろんな変化がありました。交通事故の減少もその一つかな。

交通事故に遭う人は結構多いと思うんですけど、だからといって人は車を使わないという選択はしてきませんでした。それはきっと、車を使う方がメリットが多いと思うからでしょうね。だから交通事故に遭う可能性、つまり危険も知りながら車を使い続けるというわけでしょう。

人は幸せになりたくて色んな物を発明したりしてきたはずだけど、どんなものでもメリットがあればデミリットもあるのかもしれませんね。

だとしたら学校はどうなんでしょうか・・・。

時間がありすぎると私あれこれ疑問を抱いて、これも良かったり悪かったりですかね。。

みどりの日に思う

今日はみどりの日らしい。確かに若葉が春の日差しを通して清々しく輝いている。
昨夜は雨が激しく降ったみたいだけど、私は気づかずに寝ていた。

うちの猫がないていると、私はすぐに目が覚めると思っていたけど、それもどうだか当てにはならない。

のどかだ。実にのどかだ。遠くから犬や小鳥の声も聞こえる。
庭の小枝は風に揺れているし、レースのカーテンも優雅になびく。

のどかだ。うちの猫は縁側で長く伸びてお昼寝を決め込んでいる。

風に揺られて蜘蛛の巣が光る。

木々達や動物たちは、いつもと変わらぬ春を感じているのだろうか。

それとも、異常なゴールデンウイークの静けさを楽しんでいるのだろうか。

そうだ、もしかしたらいつもよりのびのびと葉を広げているのかもしれない。

うちの猫もいつもり穏やかに昼寝を楽しんでいるのかもしれない。

だけど人間は今、静かに闘っている。戦いの真っ最中だ。


「一体いつまで待てばいいの?」と、よく不登校の親が嘆いていた。
この状態もそれに似ているけど、その答えはハッキリしている。治療薬やワクチンがゆきわたるまでだろう。

でも、不登校の場合はどうだ?そんな風に考えると、不登校の子や親は、偉いなぁ。よく頑張ってるなぁ。

世間は「学力をつける機会に不公平感が出てはいけない」と言っている。
「学校が休校で子どもたちが学べない」と言っている。
そして、そのことに疑問を抱く人がいないように見える。

私は「今こそ多くのことが学べる時だ」と思う。
「今でなければ学べないことがある」と思う。
この時期を学校から出る課題だけで過ごすのか、それとももっと普段出来ないことに目を向けるのか。

感じ取ったり、感謝したり、考えたり、時間はたっぷりある。
ちょっと刺激は少ないようにも思えるが、それはさせられることに慣れすぎているからではないのか。

何か枠の中で動くことに慣れすぎていると、身を持て余す。
そして「ちょっと暇だったから」と思考を停止させるような所に出かける。

辛いのに無理に前向きになることもないけど、辛さに押しつぶされてしまうこともない。

空気は気ままに動いている。蝶も飛んでる。タンポポの綿毛も空を舞う。

あぁなんとのどかで、
なんと変化に満ちた、みどりあふれる一日か!!

峠を越えてみました

自粛生活にも慣れてきました。まぁ私は年金を受け取れる年齢ですから、若い人とは違いますよね。

先日、峠を越えてみました。家から坂を登って徒歩10分の所までは用事で行くことがあったのですが、その先の下り坂に初めて足を踏み入れました。
車も通っているので、怖いことはないのですけど、農家のような民家があるだけで、お店のようなものはなく、足の衰えを感じさせる坂道が続いていました。

峠を越えて10分ほど歩くと、小学校や郵便局があり、その先に踏切やバス停がありました。当たり前ですが、道はどこかに繋がっているのです。

そして、発見したのは小さな小さなお店。手作りのマスクが15枚ほどつるしてある無人のマスク売り場。1敗300円~400円。
値上げしたことを詫びる張り紙がしてありました。色々な柄が並んでいました。

帰りに道ばたの花を眺めていると、上から「なんでも持って行っていいよ」と声をかけるおばあさんと話をしました。
笑顔の可愛い小さな80過ぎのおばあさん、お元気でした。こんな時じゃなかったら、近づいてお話も出来るのですが、「また来ます」といって分かれました。

引っ越ししてもうすぐ4年になりますが、知らないことがいっぱいです。