FC2ブログ
💓不登校は命を守る自然な反応💓決して怠けではありません ◆★◆それでも、学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、必死になるとかえって事態を悪化させてしまいます★💓★「不登校にもなれなくて無理を続けている子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままにはみ出しながらつづります(^-^)❤
| Login |
2009年10月31日 (土) | 編集 |
インフルエンザが流行っているようですね。先日、ある電車通学の高校生は「十時に登校するように言われた」と言っていました。ラッシュ時を避けるということらしいです。

世界的な流行ですので、気になるところです。
咳をする時は気を使いますよね。インフルエンザでなくても・・・。

暑かったり、寒かったりしますので、皆さんもお気をつけ下さい。
スポンサーサイト



2009年10月30日 (金) | 編集 |
あきらめる 修行の道か 親業は

子もいずれ 悟らぬ親を あきらめる?
2009年10月29日 (木) | 編集 |
耳をすましてみてください。どんな音が聞こえますか?

私の家は、小さな山の中腹にあるので、小鳥のさえずりやカラスの鳴き声が聞こえます。さらに耳をすませると、車の音、電車の音、工事の音が聞こえます。駅に近いので、新幹線のための工事で、山肌は削られ、日々景色が変わっています。そのせいか、いつもより小鳥の声が騒がしいような気がするのです。「わたしたちの居場所がなくなっていくよ。どこへ行ったらいいの?」「そうよ、木も無くなって食べるものも少なくなったし・・・」などと話し合っているように感じるのですが・・・・。

あんまり景色が変わると、娘が帰ってくるとき道に迷ってしまいそうです。

いま、飛行機の音が聞こえました。時計の音も聞こえます。猫たちが寝息を立てながら、ひだまりで眠っています。そして、パソコンのファンの音が聞こえます。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2009年10月28日 (水) | 編集 |
私たち親は、子どもが不登校になると、「他の子ができるのにどうしてうちの子にできないのか」と学校へ行けなくなったことにとても動揺して、「どうしたら学校へ行けるようになるか」を必死で考えます。そして、学校へ行かない日が長く続くと、「この子は生きていけるのだろうか」と心配します。それはそうですよね。でも、私はこの事がもやもやとして気になっていたのです。

「学校へ行ってさえいればいい」と思っていませんか?いえ、学校へ行っている子どもたちに何らかの楽しみがあればいいのです。しかし、もし何一つ楽しみが無く、我慢に我慢を重ねていたらどうでしょう。「我慢強くて、立派だね」ということになるのでしょうか。もし、子どもが嫌なことしか無いのに何年も何年も我慢し続けているとしたら、どうでしょう?恐くはないですか?

私はそれはとても心配すべき状態だと思います。脳が元気に育っているとは思えません。子どもの脳は柔らかく、発達途上なのですよ。そういう思いで不登校の子どもを見てみると、不登校でも家で好きな事をやっている子はまだましかもしれないと思えてきます。危険を回避できているということです。ゲームしかしないというお子さんも、ずっと同じゲームを同じように繰り返すばかりではなくて、上手になったり、より難しいゲームに挑戦したりしているでしょう?

私は不登校になった子も気になるけど、学校に登校している子も気になるのです。もちろん、登校に値する学校もあると思います。が、そうでない場合、不登校になった子を「鍛え直さなければならない子」としてしか捉えない人がいるとすれば、あまりにも危険ではないでしょうか。


同じ学校でも、楽しく行ける子と、全く楽しさを感じない苦しいだけの子がいます。それはどうしてなのかも考えるべきところでしょうけど、苦しいと感じる子にとっては登校が苦であることは間違いのないことで、そういう子にとって、学校は地獄のようなものであることも間違いのないことではないでしょうか。

テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2009年10月27日 (火) | 編集 |
 私、ずい分忘れっぽくなったようです。危ない、危ない。人間忘れるのも能力の一つだと思うのですが、振り替え講座をどの郵便局で作ったかくらいは、覚えておかないと困りますよね。作ってほぼ1年、そのままにしておいたら、間違って違う郵便局に行きました。
 その郵便局の人とやり取りしているうちに思い出しはしたのですが。一年前、そこでちょっと不愉快なことがあったので、「他で作ろう」と思ったことを、忘れてしまっていたのです。こんな頭だから生きていけるのかもしれないですね。
 そして、そのあと現金を持ち歩きたくなかったので、通帳にお金を預けたのですが、さぁ大変。5日たった今日、その現金が見当たらないと思い、探したのです。これも捜しているうちに思い出しましたけど・・・。あーあ、忘れるのは嫌なことだけにしたいものです。
2009年10月26日 (月) | 編集 |
先日、いつものように学校帰りの高校生が、フリースペースに立ち寄りました。そして、私が使っていた小さなテーブル(50X80cm)の向かい側に座って、机の上にあるものを片付けて始めました。いつもなら先に来ている仲間とゲームをするのですが、始めて見る行動です。私は思わず「何するの?」と尋ねました。そしたら彼は「勉強」と言って、A4大の英語の答案用紙を見せてくれました。赤でチェックがしてあり、点数も書いてありました。

「みんなあまりにもひどい成績で、先生が『みんなのやる気が見たい』って言うから・・・。やんなきゃいけないんだ」と彼は言いながら、勉強を始めました。そして、「めんどくさいな」と言いながらも、教科書で単語の意味を調べたりして間違った訳を訂正しながら、「ねぇ、あってる?」と、私に質問してきました。「エーッ?」と私に分かるのかなと思って見てみると、幸い(?)英語が苦手だった私にも分かる内容でした。

彼も言いました「そうなんだよ、優しい問題なんだ」と。そして「こんなんで苦労しないといけないから、学校に行ける人は行っておいた方がいいって言うんだよ」〔10/2の記事参照〕と言うのです。そして、私が「学校に行かなくったって、勉強はできるじゃない」と言うと、「自分で自主的にやるのは、難しいんだよ」と言います。「そうか、そうだね。行けるんだったら、学校は勉強のために利用するのに安上がりで、便利だよね」と私は言いました。

その後、彼は問題の英文ををノートに書き写し、その後それをもう一度日本語に訳して、答え合わせをして、彼のフリーペースでの初めての勉強は修了しました。その間、他の子ども二人は、ゲームをしていました。でも、「何やってんだよ」などと言って勉強を邪魔する事はしません。そして、私が、「この綴りあってる?」とか聞くと、一緒になって考えてくれました。

後日、結果を聞いてみたら、97点だったそうです。彼は頑張ったのです。そして私は、間違った答えを教えていなかったようで、ほっとしたのでした。
2009年10月24日 (土) | 編集 |
 玄関のそばの
 金木犀の足元の
 ゴツゴツしたブロックに
 色鮮やかな らくがき 

 赤、橙、黄、黄緑、緑、青、紫
 七色のクレヨンでくっきりと
 色がぬられています 
 触ってみると色は手にうつりました
 七色の鮮やかな光が 手にうつりました
 
 これは虹? 虹のかけら!!
 どこから降って来たのでしょう
 青空でニッコリ笑っている
 お日様の いたずら?

 子どもの絵を見る思いで
 わたしはそっと手に取りました
 そしてケータイに納めました
 お日様が落とした
 虹の か け ら を

テーマ:お絵描き教室
ジャンル:学校・教育
2009年10月23日 (金) | 編集 |
「先生 お元気ですか
わが家の姉もそろそろ色づいてまいりました」
他家の姉が色づいたとて知ったことか
手紙を受けとった教授は
柿の書き間違いと気づくまで何秒くらいかかったか

「次の会にはぜひお越し下さい
枯木も山の賑わいですから」
おっとっと それは老人の謙遜語で
若者が年上のひとを誘う言葉ではない

着飾った夫人たちの集うレストランの一角
ウェーターがうやうやしくデザートの説明
「洋梨のババロアでございます」
「なに 洋梨のババア?」

若い娘がだるそうに喋っていた
わたしねぇ ポエムをひとつ作って
彼に贈ったの 虫っていう題
「あたし 蚤かダニになりたいの
そうすれば二十四時間あなたにくっついていられる」
はちゃめちゃな幅の広さよ ポエムとは

言葉の脱臼 骨折 捻挫のさま
いとをかしくて
深夜 ひとり声たてて笑えば
われながら鬼気迫るものあり
ひやりともするのだが そんな時
もう一人の私が耳もとで囁く
「よろしい
お前にはまだ笑う能力が残っている
乏しい能力のひとつとして
いまわのきわまで保つように」
はィ 出来ますれば

山笑う
という日本語もいい
春の微笑を通りすぎ
山よ 新緑どよもして
大いに笑え!

気がつけば いつのまにか
我が膝までが笑うようになっていた


これは今度練習することになった合唱曲の詩です。
2009年10月22日 (木) | 編集 |
このブログを読んでくだっさっている方々へ

 未熟な文章を読んでいただいて、本当にありがとうございます。もし、よかったらコメントを書いてくださいませんか。「読んでます」だでもいいんです。名前は作った名前でいいんです。マルコとかドラえもんとか。

 何か学校や家庭のことなどで話したいことや、悩んでいることなどがあったら、コメントを書いてみてください。誰からか分からないようにコメントを書くことができますし、書いたものを公表しないこともできます。そんな時は、拍手をして、コメントを書き、公開しないを選んでください。そしたら、誰からか分からなくてもお返事は書きます。この画面上に書くことしかできませんが・・・。

私としては、感想なども書いていただくとありがたいですが、なんでもかまいません。よろしくお願いします。あまりお役には立たないかもしれませんが・・・・(もちろんアドレスも書いて投稿してくださると、きちんとお返事できます)
2009年10月21日 (水) | 編集 |
10月19日の つづき

「できるだけ成績のいい子を集めて、いい人材を世の中に送り出したい」 この場合の成績とは、主に点数のことですよね。点数でその子の何がわかるのでしょうか。その子の適性や勉強に対する意欲がわかるのでしょうか。そして「いい人材」という時の「いい」とはどういう意味なのでしょうか。

私は、ひねくれていて、ちょっと意地悪な物の見方をしているかもしれません。先にあやまっておきます。もし、そうだったらごめんなさい。

私は、学校の特徴や、学べる内容や、取れる資格などを説明した上で
「ここで本当に真剣に学びたい子を受け入れて、子どもたちの力を最大限引き出せる教員を揃えて、その学ぶ意欲や欲求に充分応えます。そして、人の役に立つ喜びを子どもたちに味わってもらえるよう、私たちも全力で臨みます」ぐらいのことを言って欲しいと思います。そして、子どもたちには「ただ、卒業するのは難しいと思います。覚悟して来てください」と付け加えてもいいのではないでしょうか。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2009年10月20日 (火) | 編集 |
今、海外にいる娘とインターネットを使って話をしていたんですけど、まぁちょっとしたテレビ電話ですよ。世の中便利になりましたね。しかも、どんなに長く話しても通話にお金はかからないのです。助かります。

昔(私が小さかった頃)に比べると、外国との距離はぐっと縮まっていて、とても気楽に外国へ行けるようになっているから、娘が海外で生活していても、国内の離れた場所で生活しているのと、気分はさほど変わらない気がします。それが良かったり、悪かったりです。

いつでも話せるし、メールも瞬時に届くし、連絡はわりと簡単で安心なんだけど、その分ちょっと緊張感が私のほうに足りないかもしれません。

だけど心配って、しだしたら切りが無いと思うのです。それは、同じ家に住んでいてもそうです。だから私はあまり心配しないようにしています。身が持ちませんから。わが家の場合、子どもは二人とも成人しているので、ある程度もう諦めています。どうにか生活していくでしょう。まぁ娘はまだまだ、勉強したいと学ぶことには意欲的ですので、もうしばらく経済的支援が必要だと思いますが。(息子も、まだまだ自立できるほどの収入はないようですけど)

うちの子たちは言っていました。「親は頼りにならないことがわかった。だから、しっかりしなくちゃ」とかなんとか。その通りです。親は、少し間が抜けて頼りにならないくらいの方が、子どもがしっかりするようです。親バカぶりをはっきさせてもらえば「本当にうちの子たち、しっかりしています」・・・・

親は、子どもの心からの笑顔を見られたら、一度にハッピーになりますよね。そして、物理的距離はあっても、心理的にはいつでも側に感じられます。・・・なんちゃって(照れ笑い)



説明が後先になったかもしれせんが、私には二人の子どもがいて、二人ともそれぞれ違う時期に不登校を経験しました。息子の不登校については「届け!!文科省まで」に、本人が詳しく書いていますので、そちらをお読みいただければありがたいです。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2009年10月19日 (月) | 編集 |
昨日ぼんやりニュースを見ていたら「できるだけ成績のいい子を集めて、いい人材をつくって世の中に送り出したい」・・・この言葉がひっかかりました。発言者と、レポーターから数回繰り返されましたが、どうしてもすんなり飲み込めません。 みなさんは、どうですか?

これは「ある大学にストレートで入れる付属高校の入学説明会に保護者が殺到した」というニュースでの、大学の偉い方の一言です。そして「うちの高校に入れば、100%この大学に入学できます」と、胸を張っておっしゃっていました。そういう大学受験に苦労しないということが魅力なのでしょう、中学生の保護者がたくさん説明会に押し寄せているのです。

どうして私はこのよく耳にする言葉にひっかかるのでしょうか。「成績のいい子」、「集める」、「いい人材」

「できるだけ成績のいい子を集めて、いい人材をつくって世の中に送り出したい」・・・大学の先生、教育のプロにはもっと心に響く言葉がほしい。・・・つづく


テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2009年10月17日 (土) | 編集 |
10月5日の記事のつづき

 E君はアトピーがひどいのです。それで、あるところに一週間泊りがけで、食べ物や生き方の勉強にお母さんと二人で行ってきました。その時のことを、彼は私たちフリースペースにいた大人に、話してくれたのです。

 そこは田舎の山の中の一軒家で、50過ぎのおじさんがいろいろ教えてくれたそうです。E君以外はほとんど大人で、他に六人ぐらい来ていたそうです。
 彼は先ず「食べ物がすごく美味しかった」と言いました。農薬や化学肥料をいっさい使っていない野菜や米や、自然の中で育った猪を食べたそうです。素材の味が活かされた素朴な味付けで、とにかく美味しいのだそうです。彼はこうも言いました。「アトピーは、毒を体の外に出しているから、かゆくなるのであって、かゆくならない人は、毒を体の中に溜め込んでいるんだって。だから、アトピーは能力なんです」とちょっと自慢げです。それから「教えてくれた人はすごい人でした。人生観というか、生き方についてもいろいろ話してくれました。そのことは難しくて、とても僕には語れませんけど」と。

 他にも「虫が食べる野菜がいいと言われているけど、虫は毒を食べるんですって。だから、たくさんの虫がついているのはよくないんですよ。本当にいいものは虫が食べないから、農薬を使う必要もないんです」と話してくれました。彼は彼の印象に強く残ったことを、私たちに語ってくれました。ちょっと嬉しそうに話す彼のハダは確かに普段より少しきれいでした。今後もそこから野菜を買って、送ってもらって食べるそうです。


 数日後、私は彼のお母さんにあったので、この時の話をしたら「へー、そんなこと言ってましたか」と意外そうでした。好きなおやつを好きな時に食べられなかったから「美味しかった」という話は意外だったようです。

 その他、彼が話してくれた内容は、いろいろ補足が必要な内容になっているようですが、ここでふれるのはやめておきます。とにかく、彼が少しでも自分に自信がもてて、ストレスが少なくなって、アトピーが治るといいなぁと思います。(彼のアトピーは小学五年、不登校になった頃に、急にひどくなったのだそうです)
2009年10月16日 (金) | 編集 |
   
2009年10月15日 (木) | 編集 |
積み重ねた日々を振り返れば   ♪♪
生まれたばかりの お前がいて
こわごわ抱える わたしがいる

積み重ねた日々を振り返れば
飽きずに尋ねる お前がいて
あきれて答える わたしがいる

ああ!信じたい お前を
ああ!信じたい わたしを
信じたい この日の想いを

積み重ねた日々を振り返れば
夢中で駆け出す お前がいて
ひやひや見守る わたしがいる

ああ!信じよう お前を
ああ!信じよう わたしを
信じよう お前の未来を

積み重ねた日々を振り返れば
途切れることなく 軌跡が続く
途切れることなく 明日へ続く

積み重ねた日々を振り返れば
わたしが愛した お前がいて
お前が信じた わたしがいる

2009年10月14日 (水) | 編集 |
広木先生のお話の一部をメモにとりました。わかりにくいと思いますが・・

子育てに悩みのない親はいない。お互いに学び合うことが大切。
自分の悩みや不安を話すのはとても勇気のいること。


子どもを一人の人間として、父母と同じ目線で語り合うことのできない教師は、子どもとしっかり向き合うことは難しい。

今こそ教育の無償の時代にしなければ、子どもの本当の力を育てるのはむずかしい。
世界的には、高校、大学まで無償は常識です。日本でもそうならないといけない。
私学も無償になって初めて、教育を選ぶことが出来る。今は選ばされている。


子どもの育ち直す力はすごい。

秋葉原の事件の犯人の弟の証言
 親が子どもの作文を検閲し、完璧に仕上げていた。
 作文は修正ではなく、(完璧でないものは)ゴミ箱に捨てられた。
 本を買ったら、必ず感想文を書かなければならなかつた。
 テレビは、ドラえもんと日本昔話だけしか見られなかった。
 母親が気に入らないことがあると、突然廊下に新聞紙をしいて、食事をばらまき、兄はまるで犬がえさを食べるようにして食べた。



躾と虐待は紙一重。
(子育てで大事なことは)子どもに何かをやらせることではなく、自分(親)が学ぶこと。
親が思いついたことをやらせていると、子どもに恨みが蓄積する。

子どもの顔を見て「勉強!」と言う前に、「どうだ、最近元気にしているか」と言うことをせずにいると、とんでもないことになる。

バスジャック事件
 犯人の少年は、本当はバスではなく、学校ジャックをしたかった。
 学校の中で自分の話をしっかり聴いてくれる人がいれば・・・・。
 企業に対して
  お前が首を切っておいて「人が足りないから来てくれ」!? 俺が必要だからではなくて、人が足りないから・・

 
 こういう社会はおかしい
 
 「君が必要」「君がいてくれてよかった」「お前が生まれてよかった」といって欲しい

恨みが外に向く子は事件を起こす。
内に向く子は、うつ的傾向
生きていても仕方がない。

人間の子どもの育ち方10万年以上変わっていない。
本当は遊ぶことによって賢くなっていく子どもたちが、遊びが少なくなっている。
優劣関係がつくこと、子どもに序列をつけることは遊びを奪う。
人間も猿と同じで、子どもは群れるものです。それは自然の欲求。遊びの中で社会性は磨かれる。

子どもにとって育ちにくい社会性。新しい幼さを持った攻撃性。

子どもたちの中に溜まるストレス。にもかかわらず、多くの子どもたちは、こんなにけな気にいきているのは何故だろう。
自分の中に何かをやってしまいそな自分はいるけど、それなりのブレーキをもっている。そのブレーキとは

①子どもの中にある愛着
自分のことを大切に思ってくれる人がいる。
例 ホームレス中学生の万引きを思いとどまらせたお母さんのカレーと湯豆腐。

②親友

③社会的本能(夢を持つ力)
人の役に立つ喜びを体験すること。あなたがいてくれてよかったと言ってもらえて育つ。
 地に足の着いた人間

子どもたちを点数で見ない。点数には魔力がある。
教師が見るべきは、子どもの長所。
例 ある学校の取り組み。子どもの長所を書いた学級通信。これを出していたら、親たちが仲良くなった。
  分からないことを、分からないといえる学級作り。

フィンランドでは
テストはするが、点数にしない。何処がこの子のつまづきかをみるため。


最後に
子どもの長所をみる。この子のここが素敵。
子どもが話し始めたら、最後まで聞く。途中でやめない。
親は子どものことを知っていると思っている。親の思いあがり。

聞きかた
・自分の聞きたいことを聞く
・子どもの話したいことを聞く

 「あなた要するに何が言いたいわけ?」とは、もう話すなという意味
 忙しい時は「後でちゃんと聞くから」と聞く姿勢をみせるといい。
 親は三分聞いていると、助言と忠告の虫が騒ぎ出す。



2009年10月13日 (火) | 編集 |
 最近、痩せている人より、普通の人より、太っている人の方が長生きするというデーターが出ていましたが、ご覧になりましたか。

 カロリーオフやカロリーゼロの食品が、世の中で有難がられていますが、カロリーが無いということはエネルギーになるものがないということですよね。それって食べ物としてどうなのでしょう。そういうことがキャッチフレーズになるのは変な話だと思います。今世界的には、そんなに食べ物が有り余っているわけでもないと思うのですが・・・・。

 餓死しそうな時ならカロリーが高いものがいいですよね。カロリーゼロなんて何の魅力もないはずなのに。明らかに痩せている人が、「もっと痩せたい、痩せなきゃ」とダイエットしたりしています。どうしてでしょう。

 世の中で常識のように言われていることに、おかしなことは結構たくさんあるのです。一つの事柄でも、マスコミの取り上げかた一つで、印象はずい分違います。

 気をつけたいと思います。今、人は動物としての本能、自然に備わっているはずの能力や感覚が弱くなっているのかもしれません。当然のように語られることを、時には立ち止って考えてみた方がいいのではないでしょうか。

 そう言えば、健康のためのサプリメントも「薬との飲みあわせでは、不都合なことが起こることもある」と言っていましたよ。食物は、噛んで、味わって、胃袋で消化して、腸で吸収して、そしてかすを排泄してこそ、その役目を果たすのではないでしょうかね。自然の中で暮らしていたら有り得ないような暮らしぶりは、要注意です。

 常識を鵜呑みにせず、原点に立ち返って考えてみる。私が不登校から学んだことの一つです。
2009年10月12日 (月) | 編集 |
昨日のつづき

 私にとって早朝のお出かけは難しいことなので、余程のことがない限り重い腰は上がらないのですが、昨日は虫の報せかフリースペースに来ている子どものお母さんと一緒に、阿蘇まで広木先生の講演を聴きに行くことにしていました。
 七時半発のバスに乗ってすぐに「息子さんキャンプ行った?」とお母さんに聞くと、「えっ?何にも聞いてないけど」とびっくりなさるので、私もびっくりです。「今日は子どもたち、キャンプに行くことになっているのよ。息子さんも行くって言ってはずだけど」と言うと、お母さんはすぐに息子さんに連絡をとりました。彼は幸い起きていました。でも「今日だったっけ、忘れてた」と言うのです。九時集合だったので、急いで準備すれば間に合います。本人もすぐに行動したらしく、無事キャンプに参加できたようでした。
 2日前にフリースペースで「みんなにキャンプのこと連絡した?」とあるお母さんが子どもに確認していた時は「したよ」と言っていたので、安心していたのですが・・・。このことで子どもたちは少し反省して、もっとしっかりするでしょうね。(私自身はそんなに変わらないでしょうけど)

 まぁ、この「キャンプの欠席者を出さなかったこと」が、私の珍しい早起きがもたらした「おまけ」です。
2009年10月11日 (日) | 編集 |
 今日は珍しくとても早く起きました。早起きは三文の徳というけど、本当にそうですね。とても美しい朝焼けを見ることが出来ました。(でも、この朝焼けは、朝帰りでも見られますよね)

 そして、意を決して早朝に出かけるという行為には、予期せぬおまけもついていたのです。   つづく
2009年10月10日 (土) | 編集 |
 今日参加した親の会で、私は思いました。「うかうかしていると、ここに来ているお母さんやお父さんにおいていかれるな」と。そこに来られる方々は、価値観は様々だと思うのですが、どなたも子育てに一所懸命で、とても熱心に何かを学びとろうとしていらっしゃると思いました。
 私は会の進行役をしたりしていますが、参加者の学ぶ力に圧倒される思いでした。「これはうかうかしていられない」と感じました。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2009年10月09日 (金) | 編集 |
snap_todokekoe_2009104113226.jpg
テーマ:お絵描き教室
ジャンル:学校・教育
2009年10月08日 (木) | 編集 |
    人と花

 人は親から命をもらい
 周りから力を借り
 成長して子どもをつくり
 役目を終え死をむかえる

 花もまた親から命をもらい
 周りから力を借り
 花を咲かせ子どもを作り
 そして散っていく

 だが人も花も
 周りからの助けを借りないと
 悲しい最後をとげるだろう


この詩は、小学5年生から五月雨登校をしていた男の子が、6年の時、不登校状態で書いた詩です。学校からの宿題として書いたと思われます。
2009年10月07日 (水) | 編集 |
 自分の校区内に友だちを持たない子どもたちにとって、フリースペースのような居場所はとても大事な所になっているようです。ゲームをするだけなら家ですればいいのです。複数でやりたければ、誰かのうちに集まってやれば済むことなのです。だけど「それではだめだ」と彼らはフリースペースに集まってきます。
  昨日も学校帰りに、二人やってきました。学校帰り?そうです。今私が関わっているフリースペースの子どもたちはの半数は、不登校状態ではないのです。だけど、彼らにはここが必要らしく、大事にしているのです。自分たちで作った看板をどこに、どう置こうかと相談していました。
 「ここに立てとけば?」と私も口を出したら、「そこじゃ、向こうからは見えない」と却下されました。やっぱり仲間を増やしたいのですね。
2009年10月06日 (火) | 編集 |
ちょっとびっくりすることがありました。
主人が息子に「おい、いつか写真撮ってくれないか」と言いました。息子が「いいよ。何に使うの?」と聞くと、「遺影用に」と言ったのです。どうしたんでしょうね。同年齢の人が急死したからでしょうか。

ちなみに、私の遺影用の写真はあります。私、写真写りだけはいいんですよ。小さい時から褒められていました。

人は必ず死ぬのです。そのことに主人も気づいたのかもしれません。
こんなことこのブログに書くべきではなかったかもしれませんね・・・。

更年期の時期は、思春期の時期と同じくらい不安定で、心が揺れ動くのかもしれません。
2009年10月05日 (月) | 編集 |
10月2日の記事のつづき

高校3年の彼が「何故○○高校を選んだか」というと、一つには友だちとの約束(これが本当は一番大きな動機だったようですが・・・)、もう一つは、二校ぐらいしか思いつかなかったからと言いました。「6年間ほど学校へは全く行っていなかったし、頭悪いし」と本人は言うのですが・・・。
 彼は今、進学を考えているようです。親元を離れる事も考えているようです。でもまだ具体的な事は語りません。

 彼のことを、E君が「とても優しい」と言っていました。「A君はおどけた風にしているけど、とても優しい人ですね」と彼がいないところで、大人たちに向かって言うのです。「ほう、E君がこんなことを言うのは初めてだな」と驚きましたが、うなずきながら聞いていると、こうも言いました。「B君は言葉使いも優しい」と。そして、大人二人を相手にある場所で学んできたことを語ってくれました。E君の中で大きな変化があったようです。

 このことについてはまた後日
テーマ:不登校
ジャンル:学校・教育
2009年10月04日 (日) | 編集 |
出た出た 月が
まるいまるい まんまるい
盆のような 月が

隠れた 雲に
黒い黒い 真っ黒い
墨(すみ)のような 雲に

また出た 月が
まるいまるい まんまるい
盆のような 月が

昨夜の月は、黒い雲に隠れることなく、澄んだ空気の中一晩中、坂下のお寺の瓦屋根に、スポットライトを当てていました。
2009年10月03日 (土) | 編集 |
snap_todokekoe_200910520421.jpg
テーマ:お絵描き教室
ジャンル:学校・教育
2009年10月02日 (金) | 編集 |
 ある高校生が、ある学校へ行っていない中学生のお母さんに、彼が通っている高校について質問されて、それに丁寧に答えていました。
 「学校はどんな感じ?」とか「どのくらい時間がかかるの?」とか「どうしてその高校に決めたの?」とか「そもそも、どうして高校に行こうと思ったの?」とか。みなさんも興味あるでしょ。私も興味津々で聴いていました。

 彼は高校3年で、小学3年ぐらいから中学まで不登校でした。その彼が言葉を選びながら自分が通っている学校のことを説明していました。最初は遠慮して、なるべくいいところを伝えようとしていたようですが、悪いところも話しておいたほうがいいと判断したようで、学校に対する不満や先輩にされる嫌なことなども話していました。先生方の目にはなかなか見えない部分です。
 具体的にここで紹介しにくいのですが・・・。彼は真面目に学校へ行き、頑張っているのに、生徒の中には、元気なのに学校にほとんど来ないで、それでも進学して卒業できてしまう生徒がいると言いました。「そんなことはどうなのかな」と首をかしげて不満そうです。
 また、彼はこんなことも言いました。「最低生きていくのに必要な勉強はしなきゃいけませんよ」「家にとじこもっていてはいけませんよ」「人と関わりを持たないとねぇ」などとおどけた調子で言っていました。彼は不登校になる時、ひどい死ぬほどの苦しみを味わっていないのです。私の娘もそうです。だから、家にこもっている子にとっては厳しい言葉を吐きます。
 思わず私は「学校へ行こうとすると、体が動けなくなったり、痙攣を起こしたりする子がいるのよ」と説明しました。そしたら彼は「だって僕は兄弟が行っていなかったから、どうして僕だけ行かなきゃいけないんだと思って行かなくなった」とも言うのです。

 私は、そうだったのかと思いました。そして、兄弟が行っていなくても、学校を楽しいと感じていれば「お兄ちゃんかわいそう」と兄に深く同情して、彼は学校に行っただろうにとも思いました。不登校経験者と一口に言っても、本当に様々だなと思います。
 今日はこの辺で、つづきは日をあらためて
テーマ:不登校
ジャンル:学校・教育
2009年10月01日 (木) | 編集 |
 不登校を突き詰めていくと、人間の生き方そのものを問い直さなければいけなくなるような気がします。
 より速く、より正確に、より清潔に、より豊かに、より刺激的にと追い求めてきたけど、時代の移り変わりが急速過ぎて、人の心が置き去りにされているような気がします。日本は「先進国」だと言われたりするけど、先進国って何が先に進んでいるのでしょうか。便利で物が豊富にあることが人の心を満たすとは限らないと思います。

 地球を傷つけ、美しい環境のもとでしか生きられない生物を脅かし、そのことに気づいても、それでもなおその流にブレーキをかけられないでいる。そういう私も使い捨ての生活からなかなか抜け出せないでいます。
 自然の一部であるはずの人間の、まるで万能であるかのような傲慢な振る舞いに、子どもたちが不登校という状態になって、警鐘を打ち鳴らしているような気がしてなりません。
テーマ:不登校
ジャンル:学校・教育