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💓不登校は命を守る自然な反応💓決して怠けではありません ◆★◆それでも、学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、必死になるとかえって事態を悪化させてしまいます★💓★「不登校にもなれなくて無理を続けている子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままにはみ出しながらつづります(^-^)❤
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2010年02月28日 (日) | 編集 |
これは例え話です。

波間に小舟が漂っています。その舟には穏やかな気持ちで親子がのっていました。ところがある日小さいけどとても美しい島を親が見つけ「あの島に行きたい」と思い、必死で親が舟を漕ぎ出しました。そして、のんびりしている子どもにも「しっかりこぎなさい」と命令しました。するとそれまで穏やかに漂っていた舟はどうなったでしょう。力のバランスが悪く、舟は大きく揺れ、転覆しそうになるかもしれません・・・ね。

この話にはいろいろな結末が考えられます。私としては、みんなが笑顔になれるよう祈るばかりです。

そして、いろいろな形の、大小さまざまな美しい島がたくさん浮かんでいると、それはそれは美しい景色になると思うのですが・・・・・。
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2010年02月27日 (土) | 編集 |
昨日載せた齋藤眞人校長のお話を聴いた十代の子どもの感想文、お読みになりましたか?(まだでしたら先にそれを読んでみてください)


みなさんはどう感じられましたか?この感想の現物を手にし読んだ時、私には複雑な想いが湧き上がってきました。
最初は「なんてかわいい、素直な子だろう」と感じ、それから「こんな子どもに『いい人みたい』と感じさせる『さいとうさん』はなんて優しい人なのだろう」と嬉しくなり、そして「こんな個性的な感受性を持った素敵な子どもが学校に行けなくなるってどういうこと」と腹が立ちました。

 
そしてもう一度読み返したとき、彼女がアンケート用紙の当事者に丸をつけているのを見て固まりました。彼女がここに丸をした時、どういう気持ちがよぎったかと想像して心がちくりと痛くなりました。親に尋ねて何も考えずそうしたかもしれませんが・・・・。

「当事者」とはどういう意味なのだろうか?「当事者」とは誰を指す言葉なのだろうか?自分で作ったアンケートなのに、疑問が沸き起こってきました。そして「しまった!」と思ったのです。なんのかんのと言っていて、私も〝不登校の子どもを問題視している人たち〟と同じだったと気づきました。

不登校〝学校に行けない子ども〟が増え続けているこの状況を創り出しているのは、私たち大人なのです。つまり不登校問題の当事者は私たち大人なのではないでしょうか。私はいつもそう思っていた筈なのにと、自分に腹がたちました。(そんなに深刻に考える事はないと言われそうですけど)

そんなこともあり、今回の齋藤眞人先生の講演会は、私にとって大きな大きな一歩になったと思います。ありがとうございました。


テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年02月26日 (金) | 編集 |
10才代・当事者
さいとうさんのお話は、ふいんきが「ふわぁ~~~~」っとしていて目をつぶったり、あくびしたり、ちょっと うたたねしたりできるほどやわらかくて、いいかんじにリラックスできました。
ひょうじょうゆたかで いい人そうでした ^o^
目をつぶったり あくびをしたり うたたねしたり できました♪



このアンケートには、めをつぶったり、あくびをしたり、うたたねしているほのぼのとしたイラストが描いてありましたが、私にはそれをここに貼り付ける技術がなくて・・・省略しました。
2010年02月25日 (木) | 編集 |
 公園では「この線から入ってはいけないよ」と言いながら、地面に棒切れで円を描いて「ガマの油売り」や大道芸人が芸をみせていました。それからまだ紙芝居をやっていました。三本(だったかな)の棒についた水あめを買って子どもたちがそれを白くなるまで混ぜたりしながら見ていたように思います。私はその頃お小遣いというものをあまりもらっていなかったので、殆ど離れて観るだけでした。
 リヤカーで、ぺラッとした薄いお好み焼きを焼いて子ども達に売っている人もいました。お皿や包装はは新聞紙です。それが普通でしたね。
 チリンチリンと鐘をならしてアイスクリーンを売って歩くおじさんやおばさんもいました。そういえば友だちのお母さんもあの商売をしている人がいました。アイスクリーン売りはかなり長く続いていたと思います。
 
 佐世保には「佐世保駒」という「喧嘩駒」があって、ぶつけて合って、相手の駒を叩き割る遊びがあったのですが、私が小学生の時に禁止されたようでした。そして「馬乗り」という遊びをよくやっていたのですが、これも途中で禁止されたのです。たぶん怪我人が出たのでしょう。

なにやら不吉な風が吹き始めているようなそんな小学生時代です。
2010年02月24日 (水) | 編集 |
猫も言葉をしゃべります。(きっと猫ばかりではないと思いますが)
猫同士の会話はもちろんですが、人間とも会話しようとしています。私はそう思います。私は猫と会話したくて、猫が鳴いて寄ってくると、その鳴き声を真似して猫に返しています。ちょうどまだ何と言っているのか分からない赤ちゃんに鸚鵡返しで言葉を返すのと同じです。そのために、声の抑揚や高さなどを注意深く聴いて真似しています。
猫も人間と同じで、何かをねだる時は甘えた声を出し、語尾も上がります。怒っているときは、するどく威圧するような声を出します。ただ人間と違ってウソはつけないようです。

その猫に、私は「おはよう」と人間の言葉で毎朝声をかけます。そうすると猫も鳴いて応えるのですが、その声が「おはよう」と言っているように聞こえるのです。もちろん発音はできませんが、音の流れや音程が私の「おはよう」にそっくりなのです。猫も私と会話をしたがっていると思います。少なくともその努力はしていると思います。おかしいですか?

猫の立場に立ってみると「人間は猫語がなかなかうまくならないよ」と嘆いているかもしれませんね。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年02月23日 (火) | 編集 |
この世に 
耳にするだけで心が穏やかになる
魔法のような言葉があったら
空に向かって大きな声で叫びたい 
争いの絶えない国の
怒りに満ちた人の耳にも届くように

この世に 
目にするだけで心が清らかになる
魔法のような言葉があったら
空いっぱいに大きな文字を描きたい
平気でウソをつく人の
欲で濁った目にも焼きつくように

この世に 
口にするだけで心が軽やかになる
魔法のような言葉があったら
いますぐに大空を飛んで
遠くで泣いている娘の
耳元でそっと教えてあげたい

この世に
魔法のような言葉があったら

2010年02月21日 (日) | 編集 |
2月20日、「母と女性教職員の会」で行われた、ノンフィクション作家の柳田邦夫さんの講演会に行ってきました。演題は
「石に言葉を教える」
~いたみのわかる感性を育む~

私は、予備知識もなく聴きに行ったのですが、とても心に染みるお話でした。「講演続きで、のどを痛めました」と話し出されたのですが、その静かな話しぶりの中に深い想いを感じ、いつの間にか聴き入ってしまいました。

お話の中で特に私の心に残った言葉を書きとめます。間違ってたらごめんなさい。
「魂レベルで向き合うと、啓発され、自分自身の内面が耕される」

それから「ご自分の息子さんが植物状態になられ、看取られた経験」や、「飛行機墜落事故に対する航空会社の対応」を交えて話された「死」や「人と人とのつながり」についてのお話。

「わたしはわたしらしく生きていこうと思います」という感想文を小学一年の子までが書くに到る取り組み。そして、子どもの感性。

どれもこれも素敵なお話でした。それから「子どもはよく分かっているけど、自分の想いを表現する言葉を知らないから分かっていないと思うだけで、それは大人の勘違い」と言われのは、私が息子から教えられたことと同じでした。

会場が和やかな雰囲気で笑いが起こる中、私が笑えない言葉がありました。それは「教育は犯罪的」という言葉です。たしか柳田さんはそう言われたと思います。「教育は犯罪的」この言葉は、子どもが不登校になったりすると、まともに心の深いところまで響き、共鳴し、うなり出します。

そして、定期検診を赤ちゃん連れで待っている待合室手での最近のお母さん達の様子。みんな会話もなくケータイを手にしているというお話は、とても恐いお話でやっぱり笑えなかったです。
2010年02月21日 (日) | 編集 |
40 才代・母親

とにかく泣けました。ずつと初めから終わりまで泣いていました。何故かは、わかりませんが・・・。
2010年02月20日 (土) | 編集 |
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2010年02月19日 (金) | 編集 |
20才代・学生
0を起点に人を見るという事は日常生活を過ごしていると気づきませんし、考えもしません。どこまでも自分を広くし、生徒、子供を素直に愛していこうと思いました。
今まで生きてきた人生観にしばられず、広い視野を心がけねばと考えました。生徒が生徒自身で生徒らしく過ごしていける学校が楽しみでしょうがないです。
2010年02月18日 (木) | 編集 |
昨今不登校がますます増えて、高校中退者もびっくりするほど多くなっています。だけど学歴偏重の世の中はなかなか変らないので、親も子も先生も必死です。そんな中、人の弱みにつけこんだ"商売?"が横行していますので、みなさん気をつけてくださいね。

そういう被害に遭わないためには、悩みを一人で抱え込まないのが一番だと思います。未だに「うちだけかと思っていた」とか、「恥ずかしくて言えない」とか言われる方が多いですけど、たとえ日本で唯一の不登校だとしても、何も恥ずかしくはないですよ。

それから、思い込みというのがあります。失礼かもしれませんが、「学校の先生がおっしゃるのだから」とか「医者が薦めるから」とか、つい"先生"の言うことを信じてしまいがちです。でも、意外と頼りにならない専門家もいらっしゃいますし、特に費用がかかり過ぎる時は、ちょっと冷静になりましょう。無料の法律相談窓口もあるはずですので、勇気を出して相談に行ってください。

ちなみに「高校卒業認定試験」は、高校に行けない子どもたちのために考案されたはずです。それに合格すれば、学校に所属していなくても大学を受けられます。


「高校卒業認定試験」調べてみました。

平成22年3月31日までに満16歳以上になる人であれば、だれでも受験できます。
平成17年度から、全日制高等学校等に在籍されている方も受験が可能となりました。
※  ただし、大学入学資格検定合格者等、すでに大学入学資格を持っている人は受験できません(大学入学資格検定合格者も高等学校を卒業した者と同等以上の学力があると認められますので、大学受験や就職の際の扱いは高等学校卒業程度認定試験の合格者と同じです)。

(生涯学習政策局生涯学習推進課)





2010年02月17日 (水) | 編集 |
50才代・教員
(“上から目線”で申し上げるのではありません。)
立花高校のあり方、実践には<愛と科学>がつらぬかれています。
今日の齋藤校長のお話を、私は100%支持します。あのように、具体的にわかりやすく楽しくお話することは200%、私にはできませんが・・・。深みと温かみのある、いいお話でした。日本の多くの学校、教師、親たち、行政関係者がすっかり忘れている<子どもの心><教育とは何か>を、理想でなく現実のものとして示してくださっているところが画期的です。
一見”きれいごと”にうつりそうな看板(演題)に”偽りなし!”でした。今日は熊本にとっても大きな一歩となりました。ありがとうございました。
P.S.「過信」を戒め、謙虚さを失わない姿勢も、信頼を高めるものです。

2010年02月16日 (火) | 編集 |
 先日、あまり人気のない交差点で信号待ちをしていたときのことです。夕方六時半頃でしたか、うっすらと人の顔が分かるくらいの明るさでした。私の3、4mくらい前に白い乗用車が止まり、右へ曲がろうと待っています。「車の窓ガラスが息で白く曇っているなぁ」と思いぼんやりながめていたら、後ろの座席に一人で座っている5才くらいの男の子が、私を見ているような気がしました。顔も表情もはっきり判らなかったのですが、私はとびっきりの笑顔をその子に返しました。そしたら、そしたらですよ、車が走り出したと同時に彼は私に手を振ったんです。嬉しかったなぁ。もちろん私も彼に手を振りました。

 ただそれだけのことなんですけどね。お陰で、その後の家までの長い坂をとても楽に登ることが出来ました。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年02月15日 (月) | 編集 |
20才代・教員
齋藤先生の情熱ある前向きな言葉の数々に元気をいただきました。日頃生徒(高校生)と向き合っている時、「どうしてできないの?」と思ってしまったり、優しい言葉かけも抱きしめてあげることもできなくて、なんて情けないんだろうと自分に悲しくなることが多くありました。でも、今回先生のお話を聞いて、生徒のためと思って知らず知らず頑張り過ぎていたり、どんなに努力しても職場の先生方に認めていただけないはがゆさとから、自分の中に生徒を受けとめる心のゆとりがなかったのだろうと気付かされました。
就職していく生徒が多いなか、やはり厳しく言わなければならない時もあると思いますが、今までとは、また違った対応ができる気がします。
まずは、にこやかに挨拶することから始めたいと思います。ありがとうございました。


2010年02月14日 (日) | 編集 |
不登校の親のように窮地に立たされた人は、わらをもつかみたい気持ちでいます。つまり多くの方が溺れそうになって、必死でばたついていらっしやいます。それに気づいた心優しい人は、その人を助けようと思います。そんな時、どうしたら助けられると思いますか?

自ら飛び込んで溺れている人に正面から近づくのは危険です。必死になっている人がしがみつき共に溺れてしまうからです。泳ぎが達者なら、後ろに回って助けるのがいいでしょう。でも同じようにアップアップの状態では、他の人を引き上げる事はできません。少し力が付いて、他の人の力になりたいと思ったら、全身の力を抜いてみてください。そして静に立ってみましょう。・・・ほら、足が地につくでしょう?!「なぁんだ、こんなに浅かったのか」と身をもって溺れている人に教えてあげてください。それが一番かな・・・。(浮き輪を投げるのもいいかな)そしたら余裕をもってその人を助けに行けます。溺れている人も、そのうち気づくとは思いますが「力を抜けば、溺れない」ということに。


テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年02月13日 (土) | 編集 |
40 才代・父親
不登校の子供を持つ親にとって、勇気づけられる講演で、大変ありがたかったです。
また別の機会でお話が聞けるなら、是非教えていただきたいです。
2010年02月12日 (金) | 編集 |
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齋藤先生の講演会も無事に終わり、参加された方々、関心を持ってくださった方々お一人お一人に、心からお礼申し上げます。仲間もみんな喜んでいます。少しお礼が遅くなってしまいましたが、ありがとうございました。

今のわたしの気持ちを絵にしてみました。 かずえ
テーマ:お絵描き教室
ジャンル:学校・教育
2010年02月11日 (木) | 編集 |
40才代・母親

2人の子どもたちに「こんな学校、あるらしいよ」と教えたくて参加しましたが、私自身が「うんうん、そうよね」「あー、そうかー」とたくさんナットクしました。楽しさをおりまぜた講演、すてきでした。
「行きたい」って言ってくれないかしら。
2010年02月10日 (水) | 編集 |
先日、夜7時頃、自転車で帰宅途中スーパーで買い物をし、いざ外に出ようとしたら雨が降っていました。結構強く振っていたので「ついてないなぁ」と思いながら、スーパーで時間をつぶして雨が止むのを待っていました。でもなかなか止まないので、小雨になったのを機にバックをビニールぶくろに入れて、帽子をかぶって走り出しました。途中でどしゃぶりになりました。暖かかったからよかったんですけど・・・そしたら、家に向かう坂道が雨(朝は豪雨でした)で陥没したとかで、通れなくなっています。工事中で何人かの人が工事を見ていました。

まっすぐ帰っていたら、私はちょうどその穴に突っ込んでいたのかもしれないと思い、人生なんてこんなものねと思いました。
2010年02月09日 (火) | 編集 |
40才代・母親

胸に響く講演、本当にありがとうございました。
不登校になった日よりも一歩ふみだして、突然制服を着て「いってきまーす」と玄関を出ていった子どもの後姿を窓から見送って「どうしたと、きついのに いいよ むりせんで」と心で叫びつづけたあの日が、私の原点です。
私も一人の大人として、原点を忘れずに出逢っていく子どもたちに心からの言葉をかけられていけるように、学んでいけるしあわせをかみしめられました。斉藤先生ありがとうございます。素敵な出逢いに感謝しています。
 
2010年02月07日 (日) | 編集 |
溢れる想いを封じ込めて、
平静を装い過ごしていても、
いったん緊張が取れると、
堰を切ったように気持ちが噴き出す時がありますね。
そして、自分でもこんなに想っていたのかとびっくりします。

何のことかって?へ_へ 一般的な話ですよ。
2010年02月06日 (土) | 編集 |
齋藤先生の講演会の準備をしながら、齋藤先生のメールや、一年前に頂いた「届け!!文科省まで」の購入希望の方からのファックスに目を通していました。そして、いろんなことが鮮明に思い出されました。当時の想い、痛み、不安、情熱、喜び・・・。様々なことが入り混じって思い出されました。そして当時見落としていたこと、感じとれなかったことを拾い上げることが出来ました。時々はこういう作業が必要だなと思います。特に私のように忘れっぽい人間には・・・。初心を忘れてはいけませんね。初心は大事です。改めてそう思いました。

経験もなく、知識もなく、右往左往している時は大変ですけど、
そんな時にしか出来ないことがあります。
そんな時にしか感じとれないことがあります。
そんな時にしか出てこない言葉があります。
どんなに経験を積んでも、どんなに知識を蓄えても、初心者に戻ることはできません。でも、最初の純粋な気持ちに立ち返ることは出来るかもしれません。

初めて子どもが学校を休んだ時、初めて出来上がった本を手にした時、初めて齋藤先生の言葉を目にした時、その時々の衝撃や、感触や、感動を忘れないようにしたいと思います。
2010年02月05日 (金) | 編集 |
不登校について話していると、よく「昔はそんな子いなかった」とか「いつ頃からこうなったんだろうか」とか「昔の子はもっと我慢強かった」とかいう話が出ます。そんなこともあって、昔の子どもとして幼い頃を振り返ってみようと思い、〔私の幼い頃〕を書いてみようかなと思ったわけです。

小学生の頃、防空壕に住んでいるクラスメイトがいました。みんなにばかにされていたように思います。名前も顔も覚えています。彼は時々学校を休んでいたように記憶しています。でも、大人が大騒ぎしているところは見たことありません。子どもたちもです。いつのころか転校したようでした。防空壕も埋められました。

元やくざとうわさされる父親をもつクラスメイトたちもいました。とても優しい子や人気のある子でした。刺青を目にしたことがあります。〔蛇足ですが、私の母は私が赤ん坊の頃、そのクラスメイトを抱いた父親が、男に日本刀で切りつけられたのを見たと言っていました。それを聞いたのは最近のことですが〕

橋の上で、白い服を着て、足や手に包帯をぐるぐる巻いた男性が、物乞いをしていました。珍しいことではありませんでした。


2010年02月04日 (木) | 編集 |
試験の点数は、何を表すのでしょうか?また、通知表の数字は何を示しているのでしょうか?皆さんご存知ですか?そして偏差値も。
はっきりとは説明できなくても、これだけは言えると思います。「それは人間としての価値を表した数字ではない」ということです。そんな分かりきったことを、人は時々忘れるんですよね。

「人間としての価値」を表した数字ではないから意味がないと言っているのではありません。そんな数字があったら逆に恐いでしょう!?「あなたの価値は何点で、世界で何番目です」なんて私は言われたくありません。だから、そんな意味がないことはいいのです。ただ、「試験の点数は人間としての価値を表した数字ではない」と知ってさえいれば。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年02月03日 (水) | 編集 |
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2010年02月02日 (火) | 編集 |
今日はちょっと恐い夢をみました。目が覚めると、午後三時。えっ?まさか!と思って起きると、2月7日の講演会当日。みるとSさんがつかつかと寄ってきて、手紙を私に渡しました。齋藤先生からの手紙です。そう齋藤先生がまだ来ていらっしゃいません。東京から熊本へ向かっている途中だとか・・手紙を読もうとするけど、よく読めません。字が書いてあるのに途中から読めなくて、何度も読み直していたら目が覚めました。夢でよかったぁ!!

大事なことや待ち焦がれていることがある前には、私はよくこういう夢を見るのです。遅刻しそうになったり、服が着替えられなかったり、洪水になったり・・・。

夢といえば、若い頃、テストで答が分からなくて焦っている夢をよく見ました。大人になってからもよく見ていました。見なくなったのはここ数年です。あれは夢だけではなかったげと・・・。夢って不思議ですね。

2010年02月01日 (月) | 編集 |
私の育った家は台所に釜戸とガスコンロが並んでいました。今考えるとちょっと可笑しなうちです。祖母が頑固だったらしく「かまどが要る」と譲らなかったとか・・・。とはいっても、お湯を沸かすことぐらいにしか使っていなかったように思います。
私はかまどに火をくべるのが好きでした。新聞紙や雑誌を破いてくしゃっとねじってかまどの火の中にほうり込むと、いろんな色の炎が出ます。インクの色で変るのでしょうか、赤ばかりではなく、青や緑や紫の炎、飽きずに見ていました。頼まれたからしていたのか、かってに遊んでいたのか、はっきりしませんが。

そういえば、火鉢もありました。しかも一年中。これも祖母がキセルでタバコを吸っていたので、たえず墨に火が付いていました。股火鉢とか(ご存知でしょうか?)したものです。弟が。