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💓不登校は命を守る自然な反応💓決して怠けではありません ◆★◆それでも、学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、必死になるとかえって事態を悪化させてしまいます★💓★「不登校にもなれなくて無理を続けている子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままにはみ出しながらつづります(^-^)❤
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2010年03月31日 (水) | 編集 |
 三月も今日で終わりますね。そして4月。この時期はお引越しのシーズン。やっと親しくなりかけた親子と先日お別れしました。

 その娘さんが猫好きで、以前我が家の親子猫の話をしたら「見に行きたい」と言っていたのです。だけど急に引越しすることになり、もう来ないだろうなと思っていたら、引越しが迫って忙しいのに時間を裂いて来てくれました。よほど猫が好きなのです。だけど彼女は猫アレルギーがあるそうです。彼女の家の近くの猫と親しくなり始めた頃は、すぐにアレルギーの症状が出ていたのに、最近はかなり平気になったとも言っていました。彼女は「外へ出て動き回るようになって、最近は身体も元気になったので、アレルギーが出にくくなったのだと思います」と私にしっかり話してくれました。


 母猫のかりんは、警戒しながらも好物の鰹節の誘惑に負け、そろりと姿を現しました。「かわいい、かわいい」と褒められ、ちょっと誇らしげにも見えました。娘のあんずは初対面では出てきません。以前迷い込んだ家で、ほうきで追いかけられ叩かれそうになった記憶が、10年経っても完全に消えていないようで、隠れてしまいました。何度か来てくれると慣れるのですけどね。

 
 たった一度の出来事でも、強烈なことはしっかり記憶に残るものです。彼女も、このたった一度の訪問が記憶に残ると嬉しいけど・・・。もちろん楽しい思い出として。

 
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テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年03月30日 (火) | 編集 |
「届け!!文科省まで」というタイトルは、耳で聞くとあまりピンとこないような気がします。でも、今の日本は根本的に教育体制を変えなければいけない状態にあると考えたので、こんなタイトルにしたのですが・・・。

 一冊の本で、世の中そう簡単に変るはずはないのです。でも、大き過ぎる夢でも見る権利はありますよね。この本を創っているとき、不登校に理解のない人にも読んでもらいたい、どうしたらそういう人にも読んでもらえるかということを一生懸命考えたものでした。でもおかしなもので、あまり必要でない優しい理解者が最初に興味をもってくださるのです。しみじみそのことを実感しています。当然のことなのかもしれませんが。
 
 逆の見方をすれば、この本に興味を示さない教育関係者は、不登校に理解がないと言えるのかも・・・・。まぁなんと身勝手な考え方でしょう。ごめんなさい。    今後ともよろしくお願いします。
2010年03月29日 (月) | 編集 |
一、菜の花畠に、入日(いりひ)薄れ、
  見わたす山の端(は)、霞(かすみ)ふかし。
  春風(はるかぜ)そよふく、空を見れば、
  夕月(ゆうづき)かかりて、にほひ淡し。

二、里わの火影(ほかげ)も、森の色も、
  田中の小路(こみち)をたどる人も、
  蛙(かわず)のなくねも、かねの音も、
  さながら霞(かす)める朧月夜(おぼろづきよ)。


私は菜の花を見るとこの歌を口ずさんでしまいますが、月の明かりで菜の花を観たことは残念ながらないなぁ・・・。
2010年03月28日 (日) | 編集 |
 この家に越してきた時は、借りの住まいのような気分でいた。だから、愛着が湧かなくてだらだらと過ごしていた。だから、物が片付かなくてよく大きなゴミ箱状態になる・そして気づいたら8年以上経ってしまった。普通と何ら変わりなく生活している振りを装っても、封じ込めた怒りや悲しみや欲望をそのままにして、私はその中にうずくまったままで何をしようとしていたのか。心を開け放てば、きっと春の嵐のように暴れだし、私は思春期のあの頃のように不安になる。
 だけど、若い頃の私ならただおろおろするだけだが、今は少し違う。嵐の中に立っているスリルを、鼓動のリズムを、しっかり楽しもうと思える。そして自分の思い込みの癖をある程度知っている。嵐のなだめ方も知っている。だからこの胸のざわつきを、遠くで聞こえる祭囃子のように楽しむことにした。


 中年のおばさんも、十代の思春期のように揺れる。心が揺れ不安定な時は、きっとその先に成長がある。心の内から湧き上がる想いが芽吹くと、それは量り知れないエネルギーを持つ。私はそれを実感している。

 何か大事な物、大好きな人、やりたい事が見つかると、身体の中のホルモンの状態までも変るのがわかる。内側からむくむくとエネルギーが湧いてくるのを感じる。胸が膨らむ。しまいには、そのエネルギーを持て余すくらいになる。そんな時、周りの誰かのサポートがあるといい。エネルギーを充分に発揮できるように環境を整えてやれたら、あとはただ楽しめばいい。苦しみや、切なさや、じれんままでもがエネルギーに変る。

 小さな種がすくすくと育ち、やがて美しい樹木になる日を私は心待ちにしている。
2010年03月27日 (土) | 編集 |
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テーマ:お絵描き教室
ジャンル:学校・教育
2010年03月26日 (金) | 編集 |
  送別会のメニューは、焼肉。そしてアイスに御菓子にジュース。それに加え、家族から差し入れの手作りの料理や漬物やデザートそしてビール。(へ_へ)。どれもこれもとても美味しかったです。私は胸いっぱいで、あまり食べられませんでしたけど・・・。

 長いテーブルに12人。ホットプレートを2台使ってのパーティーです。ブレーカーが落ちるのを覚悟の上での、ワイワイとにぎやかな宴。和気藹々の中、時々突然真っ暗になり「きゃー」という歓声。それを合図に更に宴は盛り上がり、笑い過ぎて酸欠になる子が出てくる始末。

 そんな中、ほとんどしゃべらず淡々と肉にぱくついている子も、よく見ると静かに笑ったりしています。ちゃんと参加しているのです。そしてその子は時折一人すっと席を立って、隣の部屋でゲームをしている様子。でも、宴はそのまま勝手に進行し、いつのまにかまた全員そろってケラケラ、ムシャムシャ。

 さすがに皆おなか一杯になって、材料や料理をたくさん残して後片付けに入りました。「僕が洗う!」と二人の年長組みが、争いながらの後片付けです。他の子もそれぞれがなんとんく自分の役割をはたし、一段落ついたところで、子どもたちはすぐ近くの公園へ夜桜見物に出かけました。この日はとても穏やかないいお天気でした。

 みんなが帰ってきて、集合写真を撮って、楽し過ぎる送別会は修了です。最後のどさくさにまぎれて、旅立つ子が私の肩を揉んでくれました。たまにしてくれたのでずか、これまでで一番長く、一番丁寧に揉んでくれたと思います。とてもとても気持ちよかったです。忘れません。ありがとうございました。元気でね。
2010年03月25日 (木) | 編集 |
・紅一点のHちゃん、K君と同じサポート高に通っています。半年位前に、私を「あのー、あのー」と呼び止めた少女です。送別会へはお母さんと二人での参加でした。「もっとここに来たらいいのに」と言うと「声を掛けてくれれば来るのに、かけてくれないんだもの」という答え。男の子たちはこの言葉に動揺し、どよめきました(少し大げさですけどね)。学校でも女の子がとても少なくて、新しい友達が出来ていないようです。とても可愛い子なんですけど・・。

・N君の妹さんとお母さんも参加されました。この妹さんはとてもきゃしゃに見えるのですが、この日は「美味しい、美味しい」とびっくりする食べっぷりでした。私が作っていったちらし寿司もババロアもすごく気に入ったらしく、何度もお変わりしてくれました。「最近、よく食べるんですよ」とお母さん。この子は今、正に成長期に入ったようです。いろいろな意味で、彼女の引越し先での成長が楽しみです。(会が終わる頃は、食べ過ぎたと苦しそうでしたが・・)

つづく
2010年03月24日 (水) | 編集 |
・上京するA君は、一年以上フリースペースに来なかった仲間のことをとても心配していたので、その友人が送別会に来てくれたのをどれ程喜んでいるか、量りしれません。彼はとても優しく真面目でおちゃめな性格です。心の内は分かりませんが、表面上はいつもと変らずひょうひょうと振る舞っていました。

・U君はA君と同じ年で同じ夢を持っていたのですが、今年の進学を断念しました。彼はこの1年間大きな壁を打ち破り、家庭に風穴を開けました。すごいです!彼をかわいそうという声もありますが、昨日の明るい笑顔を見て、私は少し安心しました。彼は「就活」をすると言っています。この日はとてもテンションが高かったです。

・一年以上ひきこもっていたM君、とはいってもフリースペースに出て来なかったということ以外、どう過ごしていたのかまだよく分かりません。今回分かったのは、彼は高校を替えたということです。一年間休学していた所をやめ、4月から別の通信制の高校に行くそうです。勉強していたのかもしれませんね。彼は数日前からフリースペースに顔を見せ始めたようですが、少しやせたこと意外はあまり変って見えません。以前から神経細やかで、繊細だったんですね。でも、一年以上の隔たりは感じません。いつもいたような感じです。

・そんな彼とは一つ年下のK君は、この1年で大きく成長したと思います。そして明るくなりました。明らかに違うのは、人の目を見るようになったことですかね。それと前髪を常に触っる癖があったのですが、全く触らなくなりました。殆ど初めての通学で自信がついてきたのでしょう。そして場を和ませようと話を盛り上げようとしています。それと同時に母親との会話に少し反抗期のような兆しもうかがえます。とても悩む時期に入るのかもしれません。

・K君と同年齢でフリーな立場のN君。彼はやっと少し仲間として溶け込んでき始めた感じだったのですが、引越すことになりました。とてもマイペースな独特の雰囲気の子です。傷つきやすいのに、人の気持ちまでは推し量れないのかなぁという感じもあります。好物があると友人に勧めることなくついつい一人でたくさん食べてしまいます。でも、とっても素直で自分に正直な子です。今年に入ってブログを開設し、ネット内で友人もできたようです。好きなものにはとことん拘り、探究心があり、積極的なところもあります。彼には知的なよき理解者と仲間が必要です。

つづく

2010年03月23日 (火) | 編集 |
 昨夜、フリースペースで送別会がありました。進学のために上京する子と、親の急な転勤で引っ越す子のための送別会です。驚いたのはその出席状況です。いつものメンバー男の子四人に加え、14ヶ月くらい姿をみせなかった子や、紅一点であるがために1年間フリースペースに立ち寄れなかった子まで参加していました。そしてメンバーの家族も加え、総勢12人の大?送別会になりました。

 それでは参加者の様子などを書きたいと思いますが・・・長くなりそうなので、明日へつづく

2010年03月22日 (月) | 編集 |
 「人生って、なかなか思い通りにはいかないもの」です。それって悪い意味で言われることが多いけど、いいこともあるんですよネ。自分で思い描いていたようにはならなくて、かえって思いもよらない素敵な結果を招くということもあるのです。それは自分の意思で決めたことではなくても、その人が引き寄せた運のようなものかなと思います。運も実力のうちとはそういうことをいうのでしょうか。

 ところで私たちは自分の意思に関係なく、ものすごいスピードで動いていますよね。えっ?何のことかって・・・。変なことを言い出してごめんなさい。宇宙規模で考えると、地球の自転や公転によって私たちの位置は絶えず変わっています。どんな風に変っているかは、私たちをどこから見ているかによって違いますよね。同じ地球上で見るのか、違う星からみるのか、動きながら見るのか、静止してみるのか(この世に静止しているものがあるのかどうかも分かりませんが)・・・。

 ふと、そんなことを考えたので・・・。そう考えたら、この世にじっとしている人なんていないんだなぁと思ったものですから。なんだかそう思ったら、嬉しくなっちゃって。それと同時に、人生が思い通りにならないのも妙に納得出来た気がしたのです。だって、自分の意思に関わらず、ものすごいスピードで常に移動している訳ですから、この宇宙を 
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年03月21日 (日) | 編集 |
 昨日、とても嬉しい報告のお電話をいただきました。10ヶ月前に「届け!!文科省まで」を買われたお母さんからでした。

 本の注文をお電話でいただいた時、お子さんのことを少し話されたのを聴いて、私は「とても悩んでいらっしゃる」と思ったのでしょう、私の携帯の番号を教えておいた方でした。中学生だということも聞いていましたので、先日の齋藤眞人先生の講演会の案内状を出しておいた方です。(参加されませんでしたが)その方から喜びのお電話でした。

 「お陰さまで、息子が高校に合格しました!私立も公立も受かりました。人の役に立てる人間になりたいと言っています」といった内容のお電話です。中3で先生が替わり、親の会もできて、とてもよくしてもらわれたそうです。「(不登校になって)いろいろ学ばせてもらいました。子どもも私も成長しました」と丁寧に繰り返されます。受験校を決める時、先生が「(ランクを)一つ下げてもいいですよ」とおっしゃった時、お子さんは「決めてるけん、頑張る」と言われたそうです。そして「試験会場に社会人の人も来ていたと子どもが言いました。受験に行って成長しました」ともおっしゃってました。

 「真心込めて心開いていけば、子どもも心開いてくれるんですね。これからも、いろいろあるでしょうけど、乗り越えていけると思います」というお母さんの言葉を聞いて、私もほっとして、とても嬉しくなりました。

テーマ:不登校
ジャンル:学校・教育
2010年03月20日 (土) | 編集 |
 今日はペットボトルを出す日でした。ゴミ置き場は200メートルくらい坂を下った所にあります。私は玄関を出て、ゴミ袋を片手にテクテクと下っていきました。
 でも途中で思わず立ち止ってしまいました。景色が違います坂の下のほうに見える景色が、昨日見た景色と違っています。妙にすっきりしています。えっ何がどう変わったの・・・・・よく見ると、ゴミ置き場の近くの道が幅10mくらいに渡って、5、60cm程広くなっているのです。つまり昨日までのあった宅地の土台部分が削り取られているのです。

 元々はどんな景色だったかもすぐには思い出せないくらい、この坂の下の景色は日々変っています。新幹線開通に伴う道路整備によるものです。確か2mくらいの高さの崖にうっそうと草木が茂り、夏はほっとする木陰でした。そしてその上にはふるーい民家が建っていたと思うのですが・・・。

 まだ工事は途中です。立ち退きがまだ完了していない家も在り、出来るところから工事は進んでいます。ですから今のこの景色は、立派に舗装された車道と歩道と宅地予定地の広がる無味乾燥な現場の写真を破り取って、朽ち果てようとしている民家の残るうっそうとした岡の写真に、所構わず貼り付けたような光景です。

 ちょっと不思議な感覚ですよ。この西から伸びてきている道と東から伸びてきている道が、いずれきれいに繋がるのです。それはそれで感動しますが、その測量の技術や、工事の正確さに。

 それと同時にちょっと寂しさや、焦りのようなものを感じます。お年よりはこの変化についていけるのでしょうか・・・。いえいえ、こんな私も「ここはどこ?わたしはだれ?」といった気分になります。
2010年03月19日 (金) | 編集 |
 少し先の話ですが・・・。私の所属している団体「フレンズネットワーク」が6月13日(日)に堂野博之氏の講演会をすることに決まりましたこれは保護者の声に応えての企画です。

詳細は後日お知らせします。
2010年03月18日 (木) | 編集 |
 先日、ある音楽の専門家が「この頃は、学校の授業から音楽が消えているのよね。私たちのときは9教科で受験していたけど、それが5教科になり、今は音楽が選択肢の中から消えている学校もあるのよ。だから、音楽の先生が部活にひどく熱心になるのも分からなくない」とおっしゃいました。

 受験に必要な学科しか教えなくなっているので、いろいろな弊害が出ているようです。学校は予備校化していると随分前から言われていますが、まだまだこの傾向は続くのでしょうか。私の出た高校でも、(正確には覚えていませんが)三年生理系の子には、歴史の授業がなくなったとか・・・。そこで働いている教員が嘆いていました。一年ぐらい前の話ですが。

 受験をうまく乗り越えたいというのは、人情としては分からなくもないけど、何のために勉強しているのか、何のための学校なのか、もう少し根本的に考えてみるといいのに・・・いえ、もしかしたら、悪知恵の働く人たちがとてもよく考えて、自分達の方にお金が流れるようにとてもよく仕組まれていて、学歴が将来を保障する絶対的なものと思っている親や子どもは、その罠にはまっているのかもしれない。そんなことを考えてしまいました。

 ごめんなさいね。世の中の流を感じて必死に泳いでいるだけのまじめな方々に対して、ひどい言葉かもしれませんね。・・・私は、受験のあり方を根本的に変えないと、この危うくむなしい学校の予備校化には、歯止めが掛けられないような気がしています。

 そして、このカチカチの価値観を砕くのに、不登校経験者の経験と学びが、大きく役立つ日がくるような期待をもっているのですけど・・・。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年03月17日 (水) | 編集 |
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2010年03月15日 (月) | 編集 |
 「思い立ったが吉日」という言葉があると思いますが、ここのとこ身の回りの整理をしようと思って、ボチボチ始めているのですが、このブログもちょっと整理してみました。カテゴリを分類し直しました。というか、細かく分けてみました。

 その作業のために、殆ど全てを読み直してみました。自分が書いたものなのに、他人が書いたもののような気分で読めるものもあり、感心したり、笑ったり、ちょっと読みにくなぁと感じたりしながらの作業でした。

 本を創っているときもそうでしたけど、文章は同じでも、どういうくくり方をするかでちょっと違う印象を持つものですね。
 「子どもの声」を整理した時がそうでしたね、雑然としていると見逃してしまう輝きが、際立って見えてくるというか・・・。思い出します。
2010年03月14日 (日) | 編集 |
2月7日に開催された、福岡の立花高校の齋藤眞人校長の講演会に参加した高校生二人の感想です。

:齋藤さんの話を聞き、教員の皆さんがこんなに生徒の事を思ってくれるあたたかい学校もあるんだと思いました。

:自分の高校もかなり自由な方だと思うのですが、立花高校は更に自由な校風で驚きましたし、魅力的でした。場所が近かったら通ってたかもしれませんねー。
2010年03月13日 (土) | 編集 |
 昨日夜7時20分頃、二泊三日の旅から、子どもたちが四人揃って無事フリースペースへ帰ってきました。ちょっと疲れが見える子もいましたが、とにかく無事に帰ってきました。よかったぁ

 詳しいことはまだ何も聞いていません。きっとホームページに彼らが書くでしょう。学校の先生方は修学旅行をさせたり、もっと大勢の子どもの命を預かっているので、大変ですね。ご苦労様です。
2010年03月12日 (金) | 編集 |
 私は小さい時は、主に一人遊びをしていたように思いますが、おてんばでもありました。廊下の向かい合わせの壁と壁に両手と両足を広げて両側の壁を押しながら天井近くまで登ったり、柱に猿のようにしがみついてよじ登ったり、壁を支えに逆立ちをしたりしていたものです。

 外ではまりつきをしたりもしました。お手玉もわりと得意でした。

 我が家は二階に干し場があって、隣の家のイチジクの木が侵入してきていました。だからその木をつたったりして、隣の庭(染物の干し場)に飛び降りてお隣のおじさんの仕事を見たり、そこの子と遊んでいた覚えがあります。

 そんな中、私独自の遊びがあったので、そっと教えましょう。一つは地味な遊びです。色のついた柔らかい石を、コンクリートなどでこすると、粉になります。きれいなオレンジや黄色の粉になるのです。それを何か入れ物に集めて、薬に見立てて遊んでいました。多分一人で。

 それからもう一つ。これはなかなかの発見だと思っているのですが、鏡を使います。出来れば顔幅ぐらいの大きさがあるといいのですが。それを顔の前で床と平行に天井が見えるように持って、その鏡に写った天井を見ながら、家の中を歩き回るのです。その前に、床はある程度片付けて置かないと危険ですよ。一度やってみてください。何がどう面白いのかが分かると思います。くれぐれも安全な場所でお願いします。天井からいろいろぶらさがっていたりするとよけい面白いのですが・・・。自分も同じことをしていたという方がいたら、是非教えてください。   かずえ

 
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年03月11日 (木) | 編集 |
 フリースペースの子ども四人(16才から18才)で、二泊三日の旅行に行くことになりました。彼らの今までの経験値はいろいろで、それぞれの今の状態もいろいろです。学校に行っている子もいれば、そうでない子もいます。そして旅行経験者もいれば、今回が初めての旅行という子もいます。旅行の前から思わぬハプニングもあり、見ている方もわくわく、ドキドキです。

 でも「持ってきてはいけない物は各自空気を読んでねっ♪」とホームページに書いてあるのを見て、この子たちの成長振りを実感しました。こんな素敵な注意事項を私は今まで見たことがありません。学校の先生方に見習って欲しいと思ってしまいました。

 事細かな注意事項の禁止の言葉に、うんざりすることが多かった者としては、この「お互いを尊重しようという想い」の込められた言葉に、不覚にもいたく感動してしまいました。

 彼らは、失敗しても「これも経験値アップ」と前向きに捉えていますし、これからもそうしていけるでしょう。何故って、彼らは自分たちが大事にされていることに気づいたからです。つまり、自分たちは大事な存在なのだと自覚したからです。それが実感できれば、勇気も湧いてきますし、人を思いやることもできるようになります。私たち大人が声を荒げる必要はないのです。

 時が経てば、またいろいろなことがあり、エネルギーが切れかかる時もあるでしょうけど、その時にはそれまでの経験と出会いが彼らを助けてくれると思います。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年03月10日 (水) | 編集 |
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テーマ:お絵描き教室
ジャンル:学校・教育
2010年03月09日 (火) | 編集 |
 最近、我が家の近くで、イノシシの子どもが何度が目撃されているそうです。新しい道路やトンネル工事などをしているせいで、隣山から迷いこんで来たのではないかと、近所の方はおっしゃっていました。そして、箱罠をしかけるとか、猪に遭遇した時の対処の仕方だとかが、回覧板で回って来ました。猿も出没しているそうです。熊本駅のすぐ近くなんですけどね我が家は。

 人間の都合で山を削ったり、穴を開けたり、谷を埋めたりしている訳ですけど、動物達は右往左往しているわけです。動物にとっては、とんでもなく迷惑な話なのでしょうね。・・・人間も動物なんですけどネ。
2010年03月08日 (月) | 編集 |
 先日、このブログを通じて本の注文があったんですよ。もっともっと増えるといいなぁ
2010年03月07日 (日) | 編集 |
 不登校のこどもの声を、親の声を、先生の声を、どこまでもどこまでも届けたいと願い、何回も何回もメールをやりとりして、何回も何回も書き直し、編集し直し、振り返ればよく頑張ったなぁと思います。

 言葉一つ一つに拘って、字の大きさにも拘って、見出しのつけ方にも拘って、お互い本当にお疲れ様でしたね。今思えば本当に充実した楽しい時間でした。こんなに懐かしく思い出すことが出来るなんて不思議です。


 世の中には、子どもが不登校になることより深刻な状態の人が大勢いるでしょう。私も「不登校なんて屁でもない」というような目にあった事もあります。でも、我が子の不登校をきっかけに色々なことが見えるようになりました。私の場合はこれが原点になっていると思います。いえ、もう少し正確に言えば、私の原点に教育や子育てに関する疑問があったということなのかもしれません。

 無邪気な子どもは、たまらなく可愛く、いとおしいです。どの子も同じように可愛い子だったはずなのに、いつの間にかいろんな人間になっていきます。人を騙したり、物を盗んだり、暴力をふるったり、命を粗末にしたり・・・・。どうしてなのでしょうかそれが分かれば、そうならないようにすればいいのですから、人が人を殺すことを止めさせることが出来るようになるかもしれません。

 教育は、人が幸せになるためにあるのでしょう?他にどんな目的があるのでしょう。人が本当に幸せになるためには、みんなが幸せになる必要があります。みんなが幸せになるために、みんなでよりよい教育を模索し、それを手にしなければいけないと思います。

 貧困の問題も、環境汚染の問題も、戦争の問題も、同じ土壌から生まれるのではないのでしょうか。私たちは、この地球に生きている以上、全ての問題の当事者です。責任は私たちにあります。全てを抱え込むと押しつぶされそうですが、一人で抱えるのではありません。みんなで抱えるのです。そう小さなアリが大きなゾウを動かすように

 私は、私にできることをコツコツとやっていくだけです。そして、一人ではないという確信をもって
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年03月06日 (土) | 編集 |
 普通人間は、無意識に自分の命を守ろうとします。物が飛んでくればよけますし、転びそうになれば手をつきます。反射的にそうすると思います。誰もが本当は生きたがっている筈です。それなのに自分で命を絶つ人がいます。そんな経験のない者には理解しがたいことですが、彼らにどんなことが起こっているのでしょうか。

 自然の摂理に反して自分で自分の命を絶つ、そんなことをしてしまわなくてはいけないほど、苦しいことがあるということなのでしょう。


 「学校なんか行きたくない 皆が敵に見えるから」と、自殺した少女(東京都の市立中学校2年)の残した言葉の中にありました。これらを見てご両親は学校でいじめがあったと感じていらっしゃいます。学校は「調べたけど、ないようです」と言っています。事実はどうだったのでしょう。

 聞き取り調査で真実が浮かび上がってくるようなら、まだましな学校でしょうけど、信頼関係ができてない人に子どもはそう簡単には真実を語りません。だから、いじめがないということにはならないと思います。が、

ただ、私はこの「学校なんか行きたくない 皆が敵に見えるから」という言葉から違う意味合いを感じ取りました。
「学校なんか行きたくない 皆が敵に見えるから」とは「学校ではみんな敵同士に見える」つまり彼女自身も含めて、学校では「みんな仲間」ではなく、競い合うというか「蹴落としあう敵」に見えるという意味にも、とれるのではないかと思いました。彼女は「学校なんか」と書いています。それは「学校なんか行く意味がない」ともとれるのではないかと思いました。かってな解釈で、とても傷つける発言かもしれませんが、他に具体的な個々のいじめに関する言葉が見当たらない場合は「学校なんか行きたくない 皆が敵に見えるから」というのは、もっと広い、深い意味で学校そのものを表現しているのではないかと私は思います。

 そう思うと、この子の命を奪ったのは個人ではなく、もっと大きな世の中の価値観や仕組みということになります。・・・・・いずれにしても「生きるために生まれてきたはずの子どもが、自らを殺す」という行為をもっとしっかり見つめ、どんなに苦しくても、その命をかけた訴えをしっかり感じとりたいと思います。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年03月04日 (木) | 編集 |
 最近、ケータイで受けとるメールの文字数が増えて、途中で文が切れてしまって、相手に迷惑をかけているという話をしていたら、ある高校の先生が「文字数増やせますよ。ぼくはできないけど生徒がしてくれました」と教えてくださいました。
 
 それで私は早速、ケータイのショップへ行って「受けとれる文字数を増やして欲しいんですけど」と受付の若い男性に頼みました。するとその人は「どんなメールを受けられるのですか?」とちょっと変な顔で私に聞きました。それで私は丁寧に普通のメールであることを説明し「増やせると聞いたので」と付け加えました。すると彼は「しばらくお待ちください」と言って、奥で誰かと相談し、番号札を持ってきて「この番号でお呼びします」と札を渡しました。

 番号を呼ばれ案内された席へ私が座ると、さっき相談を受けていた若い男性が涼しい顔で同じ質問をします。さっき話し聞いてたでしょうにと思いながらも、同じ説明を繰り返すと、「メールを見せていただけますか」とか「誰から聞かれましたか」と言うので、「高校の先生が生徒からしてもらったとおっしゃっていました」と少し語彙を強めて言いました。それを聞いて彼はようやく立ち上がり、またもや奥へ駆け込んで、何やら相談しているのです。
 そしてしばらくして戻ってきて、やわら私の要求に応えるべく、作業を始めようとしたので「どこをどうするんですか」と聞くと、手元を見せ私に説明しながら作業をしてくれました。

 作業は短時間で済みました。だけどその間「勉強不足ですみませんでした」などといった常識的な言葉は一言もありません。この程度の知識で、よく給料をもらっていられるものだとあきれながら、〝おばさん〟は〝高校生〟よりメカに弱いとおもわれているし、〝先生〟より社会的に信頼されていないのも確かだなと思いました。完全におばさんはなめられていますね。仕方ない部分もあるけど・・・・

 そして彼らは仕事をなめてかかっていると思いますが・・・。このことに関する引継ぎはなされたのでしょうかね、客に育てられる店員のみなさん
2010年03月03日 (水) | 編集 |
今学校の先生方も、管理され過ぎて大変なのですね。
(数人で雑談をしていたときのことですが・・・・・)


 熊本県の公立の(中、高の)学校の先生にはパソコンが一台ずつ支給されているそうです。それは私用では使えないように自宅に持ち帰ることは出来ず、そのパソコンを使う必要が生じたら、何時でも学校に出向かなければならないそうです。そして、その使われ方、メールのやり取り、内容までも管理されているという話を聞いたのですが、本当なのでしょうか。にわかに信じがたく、「えーっ本当」とビックリして聞きなおしたのですが、どうも本当のことらしいのです。

 ということは、私が学校の先生にメールを送ったらその内容も管理者に読まれている可能性があるということですよね。そして「パソコンは使いません」と自己主張することもできないそうです。そのために先生を辞める方もいるとか・・・。

 そんな話をしていたら、病院の看護士さんたちの間でも、パソコンが不可欠の道具として使われるようになっていて、電子カルテなるものが強制され、人と人との引継ぎがされなくなっているとか・・・。

 そしてさらに話は医者への不満へ飛び火して、「娘が高熱で苦しんでいるのに、医者は娘の顔を一度も見ないで、ずっとカチャカチャとパソコンに向かっていたるですよ」とあるお母さんの怒りは頂点に達しました。

 そもそも、どういう理由でパソコンが強制的に先生の必須アイテムになったのでしょう。まだまだパソコンに馴染めない人も多く、かえって先生の負担が増えているようにも思えます。この財政難の中にあって一台ずつ与えられるからには、先生方が「お陰で仕事がはかどって、浮いた時間で生徒たちとゆっくり話ができる」とおっしゃるのなら意味があると思いますが・・・。そんな言葉とは裏腹の嘆きばかりが聞こえてくるのはどういうわけでしょうか
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年03月02日 (火) | 編集 |
学校で相談員をしていらっしゃる方から聞いたお話です。

 「相談員には、一人当たり時給1,000円で年間300時間程度の予算しかついていないので、大体1日当たり四時間程度でおおむね週2回くらいの仕事です。条件はそうなのですが、たったそれだけの時間では子どもと信頼関係をつくるのは難しいので、後はボランティアで毎日学校へ行っています」とおっしゃいました。私がびっくりして「他の人もですか?」と聞くと、「ほとんどの相談員がそうだと思います」と言われました。

 相談員も学校側と対立することもあって、とても大変なお仕事のようです。もちろん学校によって対応は違うと思いますが・・・。しかも一部の学校にしか配置されていませんしね。こて先ではなく、もっと根本的な対応をしてもらいたいですね、行政には。

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2010年03月01日 (月) | 編集 |
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