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◆不登校は命を守る自然な反応★決して怠けではありません◆◆そして学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、それでは反って事態を悪化させてしまいます■◆「不登校にもなれなくて無理を続けている子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままに❤はみ出しながらつづります(^-^)❤
2010年04月30日 (金) | 編集 |
 ある人が教えてくれました「『熊本市は合併して、人口が増えたのに、教育に掛ける予算は増えていない』と、先生達が嘆いていた」と。どういうことでしょうか・・・。それって予算削減ですよね。うーん、せめて人口増加分、予算を増やしてください。

 個人的には、カウンセラーや相談員が必要でなくなるような教育を、目指してほしいのですが・・・。そのためにも教員を増やして、一クラスの人数を少なくする方がいいと思うのですが・・・経費の問題なのでしょうかね。

 いい知恵はないものでしょうか?教育は大事だと思います。
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テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育

2010年04月26日 (月) | 編集 |
 今年26才で自分の命を絶った青年がいるそうです。彼は父親と二人暮しだったそうです。成績がよく、大学を出て働き出していたそうですが、仕事が過激で苦しかったのでしょうか・・・。

 「親を残して死ぬなんて、あいつは一番親不孝なことをした」と、彼と友だちだった同じ歳の青年は言ったそうです。そう言った青年は、今度初めて高校認定試験を受ける手続きをしました。
 「今年は何も言わないでいたら、自分から手続きをしたのよ」とそのお母さんは言いました。何も知らなければ、普通の元気な青年にしか見えないのですけど、彼は中2の時から学校に行かないようになって、ずっとそのままでした。

 私は4ヶ月ぶりに彼に会ったのですが、見違える程おとなになっていました。毎日一緒にいる家族には分からないようです。でも、私には劇的な変化に思えます。この4ヵ月、彼の周囲では実に様々なことが起こりました。

 彼のお母さんが「一生懸命育ててきて、立派な仕事についたと思っていた矢先に、あんな形で息子に先立たれるなんて、そんな人生もあるのねぇ」と、とても辛そうに話していました。そして、残された父親のことをとても心配していました。本当に心配です。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育

2010年04月24日 (土) | 編集 |
 私は琴です。歌うのが大好き。私を歌わせてくれる人を心待ちにして、店に立てかけられていました。でも、なかなか買ってくれる人が現れません。そんな暮れの寒い日、若い娘さんが来て「これを、私が嫁ぐ日に実家に配達してください」と私を指差して言いました。私は綺麗な着物を着せられて、お嫁に行く気分でした。
 「お嬢さんからの贈り物ですよ」そう言って私は60歳のおばさんの手に渡されました。おばさんは何度か私を弾いてくれたけど、いつのまにか床の間に立てかけたまま、ほとんど触ってくれなくなりました。

 春が来て、夏が来て、秋が来て、寒い冬が来て、そしてまた春が来て・・・何度目かの春に、車に積まれて引越したのは覚えているけど、そこでもやっぱり部屋の隅に立てかけられたままでした。そして夏が来て、秋が来て、冬が来て、また春が来て、私はずっと立ったまま。いつの間にか待ちくたびれて、眠り込んでしまいました。


 「弾きたい弾きたいって言ってたから、貯金をはたいて買ってやったのに」そんな声で目が覚めました。「もう30年も放ったらかして、もったいない!!」と言う女の人の声が聞こえます。「30年?!きっと私のことだ」と思いました。そしたら急に私は抱えられました。「えっ、捨てられるの?」と心配していると、懐かしい匂いのする所へ連れて行かれました。
 「これ、まだ弾けますか?」と女の人が聞くと、ちょっと私の身体を触って「弦を張替えたら、弾けますよ」とおじさんが答えました。

 私は新しい弦を張ってもらって、丁寧に幾重にも包まれて、箱に詰められ、長いこと車で揺られて、見知らぬ家に届けられました。私はどうなるのかとドキドキしていましたが、そっと箱から出され、最初に目が合ったのは可愛い優しそうな女の子でした。
 その日から、今までとはまるで違う生活です。毎日優しく声をかけられて、毎日歌を歌っています。長いこと眠っていたので、急にいい声は出ませんでしたけど、今では澄んだ声で歌えるようになりました。そして時々外へ連れ出されます。

 デパートへも行きました。そしてこの前なんか、お城へ行きました。あの熊本城の本丸御殿です。ものすごく立派な部屋に通されて、真っ赤な敷物の上に置かれて、とてもとても緊張したけど、とても気持ちよく歌えました。嬉しかったなぁ。しなやかで、優しい手の動きで、私を気持ちよく歌わせてくれる。お喋りしていたおばさんたちも、私の歌にしーんと聴き入っている。気持ちいい!
 私はずっとずっと、こんな日が来るのを待っていた気がします。部屋の隅に立ったままで、このまま死んでいくのかと思ったこともあったけど、生きててよかったぁ!! 生まれてきて本当によかった!!と思いました。

テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育

2010年04月24日 (土) | 編集 |
先日、NHKの全国版でも取り上げられた催しです。
私も、息子がやっている「IROMURA」という店(アトリエ)で、2、3時間販売を手伝う予定です。よかったら是非遊びに来てください。


河原町古物文化市場
 2010年4月29日(木・祝)
 くまもと城下まつり関連イベント
 「河原町古物文化市場」開催!!

時間: 11:00~18:00(歩行者天国)
場所: 河原町問屋街

熊本県内外に点在する素敵な商品を取り扱うお店や、毎月行っている「河原町アートの日」に参加している様々なクリエーターにも出店してもらいます。ぜひこの機会に、昭和の色が濃く残る河原町で、ひとつしかない商品や創作の魅力、そしてそれらを生み出す"人"と出会って頂けたら幸いです。


2010年04月23日 (金) | 編集 |
 いつ頃始まったのか、いつ頃廃止になったのか知りませんが、私が小学生の頃、小学6年と中学3年で健康優良児を選んで表彰していたと思います。

 どういう審査が行われたかというと、成績や健康状態や運動能力、更に身体測定などで、総合的に優秀な子が選ばれました。もちろん出席状況も影響します。学校から代表が選ばれ、さらに市町村ごとに代表が選ばれていたと思います。小学生でも中学生でも男女ともパンツ一枚で審査員の前に立ち、体型などの審査も受けるのです。そして最優良児はその姿を写真に撮られて、さらに大きい大会へ資料と一緒に出す。そんな仕組みになっていたのではないかと思います。
 ちょっと問題ありでしょ!だからいつの頃か、廃止になったのです。




 当時、健康優良児で県で表彰されても、今健康で暮らしているかというと、必ずしもそうではありません。ある女性は59歳で亡くなりました。160cmあった身長は150cm程になり、後姿は80歳のおばあさんのようになって、原因不明の突然の死でした。でも、あれは過労死だったと私は思います。


 無理し過ぎてはいけませんよ。無理して命を縮めても、誰も喜ばないのですから。自分の責任だと思い込まずに、人を信じて手伝ってもらいましょう。


 でも、彼女は精一杯生きたと思います。幸せだったのかもしれません。私にはもう確かめようはありませんが・・・・・。

 
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育

2010年04月22日 (木) | 編集 |
いつもと違う時間に外出すると、当たり前かもしれませんが、いつもと全く違う光景に出会います。

 昨日、いつもならまだボーっと朝食の仕度をしているような時刻に、旅?に出ました。そしたら登校している子ども達に出合いました。そしてバスに乗ると、通勤や通学の人たちで一杯でした。「みなさん、ご苦労様!!私はいつものんびりできて、有難いことです」と思いながら、ちょっぴり後ろめたくもありました。
 
 高速バスで2時間、そして開店直後のデパートに入ると、まだスタンバイ出来ていない感じの店員が、緊張した面持ちで「いらっしゃいませ」と声を掛けてきたりして、数年前の自分を思い出しました。「こんなに にこやかにしているけど、裏ではいろいろ大変なのよね。そして、偉そうな雰囲気をかもし出しているスーツ姿の男性、意外と客には印象よくないの分かっているのかしら」と思いながら、客になりきれない私は、それでも平静を装いながらショッピングを楽しみました。(結局、ほとんど見るだけでしたけど・・意外とこれというものがないのです)

 よく分からない街で地図を見ていたら、おばさんが「何処をお探しですか?何処でも聞いてください」と優しく声を掛けてくれました。都会にも優しいおばさんはいるのです。当たり前ですけどね。
 ふらっと立ち寄った画廊では、素人の方の個展があっていました。「こんにちは」と入っていくと、暇だったのかとても丁寧に解説してくださいました。素敵なおじいさんでした。

 その後もどういうものが私の心を惹くのかなぁと思いつつブラブラしていたら、「デザイン」という文字が飛び込んできて、足はそちらの方に向きました。その街には親戚も友人もいるのですが、今日は悪いけど一人自由な時間を満喫しようと、「ぶらっと一人旅」に徹して帰ることにしました。無事、知っている人に遭うこともなく、小雨の降る中、家に帰り着きました。

 いつもと違う一日は、ちょっぴり刺激的で、ちょっぴり疲れもしますけど、やっぱり行ってよかった。たまにはいいですよ。たまにだからいいのかもしれませんけどね


2010年04月21日 (水) | 編集 |
頭が大きくて重くて
いつも転んでいた君が
近所の子にいじめられて 
めそめそしていた君が
こんなに立派になったんだね

すごいね 夢に少しずつ近づいていく
小さな小さな石を
少しずつ少しずつ確かに積み重ねて
大きな大きな山にしていくんだね

「たったこれだけ」と言われながら
君はこつこつ積み上げて
「そんなにのんびり」と言われながら
君はゆっくりじっくり考えて
そしてみんなが認める山を築き
遠くからも見える山にしたんだね

そして更に積み重ね
もっともっと大きな山に
もっともっときれいな山にと
これからもこつこつと積み上げていくんだろうね

どこまで積み上げて
どんな山にするのかな
果てしなく限りなく
ワクワクするよ




2010年04月20日 (火) | 編集 |
 明日は一日自由なので、ちょっと朝から出かけようかと思ったりしているのですが・・・何処へ行こうかな・・・

 外出してみたい気持ちはあっても、実際行動に移すのはおっくうなものですよね。特に一人で行動するのは、気ままでいいけど、いまいち腰があがらない。別にこのままここにいても困る事はないし、いつもと同じように時が過ぎていくだけ。外は雨も降りそうだし、出かけるにはお金もいるし・・・。やっぱり止めとくかぁ。家が一番安全だものなぁ。だけどちょっぴり退屈なのも事実。うーんどうしようかなぁ・・・・・。ひきこもりぎみの人ってこんな気持ちかなぁ・・・・・。


 などと思っているあなた、わたしといっしょに出かけませんか?もし、その気になったら今日中に連絡ください。日帰り旅行に出かけましょう。行き先はまだ決めていませんが、2時間以内で行けるところがいいなぁ。

 
テーマ:不登校
ジャンル:学校・教育

2010年04月19日 (月) | 編集 |
いつも笑顔でいる人は
たくさん涙を流した人
僕はそう言って君を見た

いつも笑顔でいる人は
たくさん汗を流した人
君はそう言って僕を見た

いつも笑顔でいる君と
いつも笑顔でいたい僕

いつも笑顔でいる君が
ふいに涙を見せたとき
僕は慌ててピエロになった
2010年04月18日 (日) | 編集 |
 先日、八つ違いの姉と亡き父親のことを話していたら、姉が「そんなことあったの?知らなかった」と言うのです。そして、私が親戚から聞かされていたことを姉に確かめてみると「そんなことなかったよ」と言うのです。衝撃でした。私にとってはかなり重要なことだったので、少し動揺してしまいました。この姉とは八つ離れているから、当時あまり遊ぶこともなかったのですが、それにしても・・・この事実認識の違いは、かなり大きな違いなので、父に対するイメージも、家族関係に対するイメージも、私と姉とでは随分違うということです。具体的に書けないので、分かりにくいでしょうけど・・・。

 それにしても、もっと姉と、いえ家族と、話をしておくべきだったのかもしれません。今更遅いですかね、気づくのが。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育

2010年04月17日 (土) | 編集 |
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テーマ:お絵描き教室
ジャンル:学校・教育

2010年04月16日 (金) | 編集 |
 今朝のスパーモーニングで、村上龍さんが「新13才のハローワーク」を出版したということで取材を受けていた。

 彼はインタビューを受ける中で、こう言っていた「(優秀な企業)は主体的な人材を求めているけど、教育はそうなっていない」と。番組では時間もなかったのか、この部分を掘り下げることはなかったが・・・。
「教育というのは、子どもを一人で生きていける大人にすること」とも、「生きていくために必要なのは充実感や人間としての誇り。大人が充実感を持って仕事をやっていれば、子どもは学びます」とも言われたと思う。(少し違っているかもしれないが)

 この先輩はすごい!つい自慢してしまいたくなる。だけど、できればこの本、わたしが13才の時に存在していてほしかったなぁ。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育

2010年04月15日 (木) | 編集 |
以前、米の発芽について、興味深い話を聞いた事があります。

 多くの種の中には、同時にまいても一斉に芽を出さず、遅れて発芽する種が必ずあるそうです。それは、災害に遭った時に、全滅しないためだそうです。一斉に同じように花が咲き、全てが実る時期にちょうど台風が来たりすると、全てがだめになるじゃないですか。だからそれを避けるために、なかなか発芽しない、のんびりとした種があるそうなのです。つまり、全てが同じ均一な種でないことが、種(しゅ)を守るという点で、大事だということです。スタートが遅くても、それは不良品でもなければ、厄介者でもない、重要な役割を果たしているということです。自然界ってうまくできていますよね。

 この話を聴いた時、人間にもあてはまるなぁと思いました。みんなと足並みが揃えられないスロースターターには、それなりの役割があるのではないだろうかと思ったのです。みんな一緒じゃなくていいのです。いえいえ「みんなが一緒じゃないからいい」のです。そのことをもう少し考慮して、教育や子育てに関わってほしいなぁと思います。


 そもそも人間の場合、誕生日はバラバラな訳ですから、4月から一斉に同じことをさせること事態、無理があるのです。特に小さい子ぼと、そのことは顕著に現れます。その辺、もう少し配慮があってもいいですよね。

 きめ細かな配慮には手間がかかるように思われますが、実はそうではないかもしれない。今は、「大人が子どもに要求して、それに応えさせようとする」から、なかなか上手くいかず、手間がかかるという印象を持たれているのではないかなぁ。「子どもの要求に大人が応える」ということを基本的な対応としていけば、結構双方が楽しく成長していけるのではないだろうか・・・。ふと、今そんなことを考えました。

 一斉に足並みが揃っていることを要求するなら、なかなか芽を出さない種の存在は、待っているほうからはとても大きなストレスです。でも、この種はこういうものだと分かっていて、その様子を見ながら水を与えたり、光が当たるようにしていれば、それはワクワクしながら待つ時間が増えることになり、とても大きな喜びに繋がるのではないかと思います。そして、遅れて実を結ぶ種も、自らを誇れるのではないでしょうか。

テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育

2010年04月14日 (水) | 編集 |
 ここ数日、気分転換に身の回りを整理して、いらなくなったものを捨てようと、部屋の大掃除をやっています。でも、作業はなかなか進みません。つい、過去の出来事に手が止まってしまいます。

 押入れのダンボールの中から、「届け!!文科省まで」を創るために集めた「中学生のアンケートの回答」の束が出てきました。現物です。鉛筆で書き込まれたその字は、それぞれとても個性的で、生々しくて、とてもいとおしく感じられ、また作業は中断してしまいました。

 書かれた文字を忠実に活字に打ち直しても、この一人一人の気持ちを忠実にお伝えできたかは疑問です。本当に、消え入るような字もあれば、元気でやんちゃな字もあります。だけど、どれも丁寧に誠実に書いてくれています。書かれている文字数は様々で、中には意見は何も書いていないものもあります。この紙に向かって、その子はその間、何を思っていたのでしょうか。書くことがなかったのか、書けなかったのか・・、そんなことを思い、またまた手は止まってしまいました。わたしも、あまり書けずに提出してしまうたちなので、白紙にも意味があるように思ってしまいます。


 あれから3年、4年経ちました。彼らは18、19になるんですよ。どんなふうに成長したんでしょうね。一度もあった事のない子どもたちですけど、気になります。・・・そして、私の大掃除は、いっこうにはかどりません。
テーマ:不登校
ジャンル:学校・教育

2010年04月12日 (月) | 編集 |
おねがいだから そっとしといて!
あなたがそんなにオロオロすると
わたしは かえって不安になります
やっとここまで耐えてきたのに
不安で 不安でしょうがなくて
それでもなんとか生きてきたのに
あなたがそんなに心配したら
わたしは どうしたらいいのか分からなくなります

「お前はしっかりしてたのに」とか
「このままじゃ人並みになれない」とか
あなたが心配するのも分かるけど
あなたがいくら心配しても
わたしはちっとも楽になれないし
元気も出ない
せっかくここまで頑張ってきたのに・・・
わたしの事よ わたしの人生よ!
あなたの何倍もわたしの方が不安だし
あなたの何倍もわたしの方が苦しいのよ

・・・ほんとうは
あなたの腕の中で おいおい泣きたいのに
そんなわたしをしっかり抱きとめてほしいのに
でも そんなことできないでしょ
だったらせめてもう少し そっとしといて
やっとここまで頑張ってきたんだから

もっとわたしを信じていて!
もっとわたしを信じさせて!

 
2000.2+2010.4  当時不登校の子ども、追いつめられた子の気持ちを想像して書きました。
2010年04月10日 (土) | 編集 |
 私が小さい頃、我が家には氷で冷やす冷蔵庫があったような気がします。近くのお米屋さんに氷を買いに行くと、氷の柱を測って切って売ってくれました。それをカキ氷にして食べたような記憶もあります。

 電気洗濯機には、手動の絞り器が付いていました。確か直径5cmくらいのローラーみたいなものが二本付いていて、それに洗った洗濯物を挟んで、ぐるぐるハンドルを回すと、洗濯物が伸しイカのようになって出てくるのです。厚手の物を絞る時はとても力が要りました。

 まだ〝洗い張り〟もしていました。古い着物はほどいて洗い、木の板に濡れたまま貼り付けて乾かし、再利用するんです。和服というものは、洋服と違って殆ど直線で裁って手縫いなので、ほどいていろいろな物に作り直せるのです。綿なら最終的には、おしめや雑巾ですね。

 掃除機がいつから我が家にあったかは、よく覚えていません。でもおばあちゃんは、はたきをかけ、使った茶葉や、新聞紙を濡らして固く絞って細かくちぎった物を、パラパラと部屋に巻いて、それを箒でかき集めて掃除をしていました。私もしていましたけど、おばあちゃんみたいにうまくはたきはかけられませんでしたね。

 お風呂の燃料は、まきから石炭へ変り、そしてガスになったと思います。我が家は男尊女卑でしたので、家事を男がすることは、殆どなかったと思いますが・・記憶違いでしょうか。嫌なことにこの悪しき習慣は、私の身に未だにこびりついています。人はされたようにしてしまう、悲しい習性があるのですよ。だから、優しく愛して育てないとネ。



2010年04月09日 (金) | 編集 |
 4月は不登校の子にとって、悩ましい時期ですね。私も十数年前、何度かこの揺れる気分を味わいました。学年が変って、あるいは学校が変って、心機一転、元気に学校へ行けるようになるのではないかという期待と、また行けなくなるのではないかという不安で、親は揺れ動くのです。しかし、一番揺れているのは本人であることは間違いありません。本人の人生ですから。だけど、当時を振り返ると、親にも余裕がなく、子どもの気持ちをしっかり受け止められないのです。親も未熟な人間ですから、苦しさからは早く逃れたいと思います。子どもを楽にしてあげたいと思いつつ、自分が楽になりたいのです。そんな時、どうしたらいいのでしょう。

 なぜ、親は苦しいのでしょうか。子を愛しているからですか。子の行く末が心配だからでしょうか。それとも、親の育て方を非難されると心配だからでしょうか。多分、答は一つではないのですよね。混乱して分からなくなったら、原点に帰ってみましょう。親は子どもを育てる義務があります。育てるとはどういうことなのでしょうか。やっぱり難しいですね。これは子どもの年齢、経験値の違いによっても違ってくる話ですしね。・・・・・

 私の場合どうだったかをお話します。
 息子が中学に入学した時、だいぶ元気になっていたし、嫌だった先生から離れ、小学校から離れ、きっと学校に行けるのではないかと期待しました。すると、期待通り一週間無遅刻、無欠席で登校しました。もう大丈夫かなと思った矢先、また休んだのです。あの時は、とても落胆しました。多分それまでで一番辛かったと思います。でも、息子はまた登校し、しばらく行っては休み、それを繰り返しました。その度に私は期待し、落胆しを繰り返し、そして気づきました、こういうものだと。それから「本人も頑張って登校し、疲れて休む。その繰り返しの中で、彼は自分の行きたい時に行くという登校の仕方を身につけ、やがて欠席もなくなり、高校にも行けた」と、私は思っていたのです。しかし、実は彼が学校に登校し、高校に入った大きな理由は別にあったと、何年も経ってから私は知ることになります。

 「届け!!文科省まで」に、彼がその思いを書いてくれました。息子は、「デザイナーにりたい」という望みを実現するためにデザイン専門学校に行きたいと思い、そのためには高卒の資格がいることを知り、学校と折り合いを着けて付き合う道を選択したのです。それが真の動機でした。何か学校に行く必要、目的がなければ、息子は学校に行く動力を他に向けたでしょう。今考えると、そう思います。そして、彼は大検のことまでは知らなかったかもしれません。

 学校に行く目的は、人によって違うと思います。でも私は行く価値がある学校なら、本人が嫌がっても行かせたいと思うし、その努力もすると思います。だけど、そう思える学校がとても少ないのが現実です。残念でなりません。だからといって、まだ行ってもいない学校に「行くな」というのも可笑しなものです。学校には、いろんな人との出会いがあります。たった一人でも素敵な友や先生がいないとも限りません。失礼ですが、「こんな学校」と思っていても、一生の親友に出会う可能性はあるのです。


 人生、予期せぬことの繰り返しだったりします。自分の人生自分で決めたいと思いつつ、自分の思い通りになるものでもありません。だからどうするかというと、自分でよく考え、人の意見も聴き、最終的決断は失敗を恐れず自分で下す。きついけど、これしかないかなと私は思います。そして失敗したら、またやり直せばいい。そう開き直って人生を送りたい。子どもにはそんな道をと思っているのですが・・・。これは子どもにとって、とても厳しいことを強いることにもなります。子どもの力を信じていなければ、できないことかも知れません。
テーマ:子育て・教育
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2010年04月08日 (木) | 編集 |
先日、市電に乗ったとき、微笑ましい光景に出会った。

 私は一人始発から乗ったのに、若者三人組みがすでに乗っていて「行き先間違えてしまったんで、このまま乗っていていいですか?」と運転手さんに聞いている。私もこの前、間違えて上熊本まで行ってしまったことを思い出し、笑ってしまった。見るとその3人は、いかにも今風のおしゃれな若者・・・というより少年かな。片手にジュースを持ち、チャラチャラした飾りをつけ、一人はハットをかぶりマフラーをしてモノトーンでかっこよく決め、一人はブーツを履き、もう一人はいわゆる「腰パン」というのかな、わざわざ足を短く見せている。幸いパンツまでは見えていないが、どう見ても私にはカッコいいとは思えない。それでも、彼らは三人三様のファッションで、「かなり時間遅くなるな」とぼやきながらも、楽しそうである。

 そんな彼らは、ガランとした車内でジュースをストローで飲みながら、はじめは離れてゆたっと座っていた。しかし、熊本駅で込み出すと、自分達の持ち物を抱え素早く三人詰めて座り直した。そして、空になったのだろうか、ジュースの紙パックを床に置いた。十五分程して乗り換えの電停に着くと、彼らは「乗り継ぎ券ください」と運転手に告げ、「ありがとうございました」と一人ずつお礼を言って降りた。しかも、床に置いていたジュースの空箱も忘れずに拾い上げ、しっかり持ち帰ったのだった。

 やっぱり見かけだけじゃ、人は分からないということだ。彼らの顔はあどけなく、年齢は私が関わっているフリースペースの子どもたちと同じくらいだろうと思われる。
テーマ:子育て・教育
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2010年04月07日 (水) | 編集 |
昨日、小さな公園でのフリースペースの子どもたちのお花見に参加しました。その時の様子です。

 12時集合ということで、ほぼ時間通りに着くと、待ち合わせ場所にはまだ誰も着ていません。今年はフリースペースのすぐ近くの公園、お手軽な場所だったので、みんなのんびりなのだと思い一人公園のベンチに座りゆっくり待つことにしました。
 その公園は、ゲートボールはできるけど野球をするにはちょっと狭い公園です。四、五組の親子が遊んでいました。みんなベビーカーを使う年頃の子どもと若いお母さんたちです。砂遊びの道具を持っています。そして「ヒロくん滑り台すべれたんだよ! よかったね」、「あのね、ヒロくんが初めて一人で滑り台すべったんだって」という、懐かしい会話が聞こえてきました。もうお昼ということで、間もなくこの若い親子の集団は姿を消しました。

 そしたら、お年寄りの姉妹がいつのまにか私の側にいて、私に話しかけて来られました。「この近くにお住まいですか?」、「いいえ」、「私はもう50年以上ここに住んでいて、あの集会場で老人会とかしているのよ」と世間話を始められました。私はいい機会だと思い「この近くに不登校のフリースペースがあって、今日はそこの子たちとお花見なんです」と説明しました。でも、二人はそのことには殆ど興味が湧かないようでした。

 そうこうしている内に、皆が集まってきました。16、7才の若者4人と中年のおばさん3人とおじさん、合計8人。去年は12人だったかな・・・。それぞれ持ち寄ったお弁当を広げワイワイご馳走をつまみました。

 櫻は半ば葉桜になっていて、暖かい風にのって花吹雪を散らしてくれます。私たちは、櫻ではなくちょうど満開の藤棚の下に陣取って、藤の甘い香りに包まれながら、のんびりとした優雅な食事を楽しみました。

 一時近くになると、小学低学年の元気な男の子3人組が現れました。追いかけっこをしたり、水を飛ばしたりして遊んでいます。おなか一杯になったフリースペースの子たちもキャッチボールやバトミントンを始めました。見ているだけだった自称「一番体力がない子」も参加して遊んでいるのを眺めながら、私ともう一人のおばさんはおしゃべりを楽しんでいました。

 気づくと、あの元気な男の子たちの姿は、もうありません。こんどは若い女の子が携帯を片手にブランコに座っています。そして、公園の向こう側の木の下を、介護師のような方がおばあさんの乗った車椅子を押してゆっくり歩いて通りました。少し暑いくらいの日差しに誘われて、ハトやヒヨドリやスズメが賑やかに飛び回っています。
 公園の中の出演者たちが短時間で入れ替わっていく中で、フリースペースの子どもたちの周りだけ、特別な時間が緩やかにゆっくりと流ているかのように見えました。いつの間にか三時になり、お花見はお開きにし、近くのフリースペースへ皆で帰りました。


2010年04月06日 (火) | 編集 |
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2010年04月05日 (月) | 編集 |
 人間の記憶があてにならないものだということは、一応知っています。時間が経つと誇張されていったり、自分の中で変化していくので、気をつけなければいけないのです。そして、変化ばかりか消滅してしまうこともあるのです。私の場合、少なくとも二つのことをきれいに忘れていました。

 一つは9年くらい前、合唱を続けられなくなった時のことです。家にあった楽譜を整理して、まだ使えそうなものを袋につめてコーラスの先生に渡したらしいのです。そしてその時「もう私、コーラスをすることはないと思いますから」と言ったのだそうです。渡したのは微かに思い出しましたが、そんなことを言っていたのかと、当時を思い出し絶句しました。
 二つ目は、今度コーラスの会計をおおせつかったのですが、十年くらい前にもしていたそうなのです。全く覚えていませんでした。みんなに「こんな面倒なことやって、覚えていないなんて」と笑われました。

 不登校だった子どもたちに、学校に行かなかった頃のことを聞いても「よく覚えていない」ということがあります。他人から見れば当然覚えていそうなことも、いえ、本人にとって重要で印象深いことでも、忘れてしまうことはあるのですね。
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2010年04月04日 (日) | 編集 |
 昨日、ある家族が引っ越して行きました。
 そこの男の子は引越しやその他の理由でインターネットを10日間ほど使えなくなると言って嘆いていました。「僕はこの間、何をして過ごせばいいんだ」と。お母さんは「近所を探検しよう」と言っています。本当はもっと言いたいこと山積み何でしょうけど、言葉を選びながらの会話です。・・・。

 私も、言いたいこと山済みでしたが、今言うべきではないと考え飲み込んでしまいました。ただ、彼がやっているブログに載せてあった歌の感想を伝えました。「あのハッピーバースデイが4回くらい繰り返される歌、とてもいい曲ね。前奏もオルゴールみたいな音でとてもきれいだし」と。彼は「ボタン押して、聴いたんだ」と少し嬉しそうでした。直接的に会話をする機会は少なかったけど、黙って側に座っていても、しばらく同じ空間で同じ時を過ごしてくれるようになって、ホッとしています。ちょつと私の子どもっぽい行動が災いして、嫌われている感がありましたから。


 彼らの新しい住まいの南方に港を見下ろせる岡があるんです。そしてその岡には「青空に一番近い学校」が建っているんですよ。ちょっと羨ましい。新しい土地で、新しい素敵な出会いがあることを心から祈っています。いってらっしゃい!!
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2010年04月02日 (金) | 編集 |
 今日、小学一年生、いえ今度二年生になる男の子と話す機会がありました。
初対面でしたけど、おうちの人たちと一緒だったので、すぐに打ち解けました。彼はとてもはっきりお話ができ、兄弟思いの明るい子のようでした。そして少しおしゃべりをしていたら、指でワニやゾウを作って見せてくれました。「すごいねぇ、どうやるの?」と尋ねると「あのね、こうやって、薬指をこうして」などと、とても得意げに教えてくれます。最近の子にしては珍しいことをすると感心しながら、私もとても楽しく遊んでいました。

 そしたら、彼がちょっと困ったようにこう言うのです「まだ宿題していない」と。「えっ?春休みに宿題あるの?」ときくと「二つあるの。一つは普通の宿題で、もう一つはね」と説明します。普通の宿題がいかなるものか、聞く時間もありませんでしたが、この春休みの宿題の話を聞いて、私はびっくりというか、とても心配になりました。

 先日ニュース番組で「ゆとり教育からの脱却」という見出しを見た時の不安と重なったのです。「ゆとり教育からの脱却」とても変な見出しでしょ。この見出しから考えると「ゆとり教育」とは、脱却しなければいけないものという感じがしますし、今まで曲りなりにも「ゆとり教育」が成されていたとも読み取れる見出しですけど、そのいずれもおかしいと思います。はっきりいって何も分かっていない!そもそも「ゆとり教育で教える内容が減り学力がの低下した」とか騒いでいたけど、大事なことはどれだけ多くの知識を教え込むかではないと私は思います。何のために〝ゆとり〟が必要だったのか全く理解されていない。そして、本来のゆとり教育などまだ実現もされていないと思うのに、「ゆとり教育からの脱却」とはどういうことなのでしょうか。マスコミの無知にも腹が立ちました。
 
 うまく言えないけど、子どもがどれだけ自分を好きになって、生きることを喜びと感じ、他人に対する思いやりの心を持つなかで、いかにそれぞれの子どもたちの能力を最大限引き出せるかが教育の醍醐味なのじゃないかな・・・。
 何をどれだけ教えるかではなくて、どんなふうに子どもの能力を引き出すか、あるいは子どもの考える過程を邪魔せずに見守れるかを大事にしながら、小学生には基礎的なことを教えればいいと思うのですけど。・・・一言では誤解をまねきそうですね・・・。

 今度使われることになった教科書には、ノートのとり方までご丁寧に書いてあって、全く子どもたちの能力を信頼していないか、あるいは先生の能力を信頼していないかのような教科書になっています。そんなことも分からない人たちが作って、そんなことも分からない人たちがあの教科書を採用して、ガッカリしたというより、とっても心配になっています。皮肉って言えば、不登校が増えるように仕組んでいる人たちがいるのではないかと疑うほどです。だって、不登校産業はこのままいけば確実にもうかりますから。

 あんなに教科書が分厚くなったら、当然重くもなります。それだけ考えても、学校へ向かう足取りは重くなります。あの教科書を家に持ち帰らないで、宿題も出さないというならまだましですけどね。きっとそういうことにはならないでしょう。

 〝春休みに宿題を出すなんて、なんと馬鹿なことをやっているんだろう〟と、わたしは非難を覚悟でここに書かせてもらいます。なぜ〝幼児欝〟なるものが増えているのか、教育関係者ならもっと真剣に考えてみるべきです。
 今日無邪気に手遊びを教えてくれた男の子、どうかこのまま元気で子どもらしい子でいてくださいと祈らずにはいられません。
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ジャンル:学校・教育

2010年04月01日 (木) | 編集 |
 以前この国には、〝学校〟というものがあって、大人の言いつけをよく守り、大人の指示通りに動く子どもが尊ばれていました。それなのに、自主的に!個性的に!と声高に叫んでもいたのですよ。??

 学校はおおむね四角い建物で、いくつかの部屋〝教室〟に分けられていました。そして、〝職員室〟と呼ばれるものがあり、子どもたちはそこに入るのに、一々許可をもらわないと入れないのが当たり前になっていました。そうそう、教室のそとで何かをする時、部屋には鍵をかけたりもしていたのですよ。物が盗まれないようにね。
 そして、教員つまり先生が一生懸命しゃべって子どもに教えることを〝授業〟と呼び、その開始がチャイムで知らされていました。ちょっと小学生の教室を覗いてみると、先生の質問に答える時は、みな同じ角度に手を挙げ、当てられると起立して、椅子を机に入れて、しっかりとした丁寧な言葉でこたえ、こたえ終わるとまた椅子をひいて着席する。そんなことを素晴らしいと思っている大人たちがいっぱいいたのです。子どもたちはいつの頃からか、大人の喜ぶ答をこたえるようになっていました。そうしないととてもきつかったからです。

 今では笑い話ですが、毎朝〝あいさつ運動〟と呼ばれるものがあり、学校へ来る子どもたちを、教員が校門の前に並び、チェックをしていたのです。どんなチェックかというと、「服装に乱れはないか」と、ものさしでズボンやスカートの丈を測ったり、髪を染めていないかと目を光らせたりしていました。つまりね、〝制服〟というものがあって、みんな同じ格好をしていたのです。だけど、中には大人に反発したり、自分らしさを出したいといろいろ工夫する子もいて、大人たちは「それはけしからん」と取り締まっていたのよ。そして髪を茶髪に染めていると、学校に入れてもらえなかったりするものだから、元々赤毛の子は、先生から目をつけられないように黒く髪を染めたりしていたの。今考えると滑稽ね。でも、みんな大真面目にそんなことをしていました。


 中学校は小学校より自由が利かず、決まりも事細かにありました。そして、みんなが仲間を敵とみたてて競争をしていました。びっくりでしょう。生徒と生徒、先生と先生、学校と学校、みんな競い合っていたのです。大人は子どもがへとへとになるほど頑張っているのが嬉しいらしくて「この一分、一秒を無駄に過ごしたら、君達の将来はない」と叱咤激励していたの。そんなことを言われれば、真面目な子は休めませんよ、全く。

 大きな声では言えませんが、順番をつけるための〝試験〟というものがあったんですよ。しかも幼稚園の頃から。そして笑っちゃうのは〝遊びを教える塾〟みたいなものがあったこと。子どもたちは楽しかったのかな・・・。あげると切りがないのですが、大人は子どもを信用できなかったのかしら?びっくりすることばかりです。


 それにしても、そんな変な国が、よくこんなに素敵な国に変身しましたね。やっぱり子どものパワー、とりわけ学校をみかぎった子どもたちのパワーですかね。                    2010年 4月1日 
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