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💓不登校は命を守る自然な反応💓決して怠けではありません ◆★◆それでも、学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、必死になるとかえって事態を悪化させてしまいます★💓★「不登校にもなれなくて無理を続けている子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままにはみ出しながらつづります(^-^)❤
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2010年12月28日 (火) | 編集 |
窓の外は 雪が流れてる
ごらんよ あの雪は二月の蝶々よ
昼間の静かな あの部屋に
春の来る日を教えて行った
白い蝶々よ
楽しいことや つらいこと
今年もいっぱい ありました


窓の外は 雪が降っている
ごらんよ あの雪は四月の花びら
生まれたばかりの みどりごの
ミルク飲む目に 降りそそいでた
白い花びら
楽しい話し つらいうた
今年もいっぱい 聞きました


窓の外は 雪が降り積もる
ごらんよ あの雪は今年の想い出
今年の空から 舞い降りる
過ぎた春秋ひとつひとつの 
白い想い出
笑ったことや 泣いたこと
今年もいっぱい ありました



今練習している合唱曲なのですが、とてもいい歌でしょう?!
来年も、いろんなことがあるのでしょうね。
では、また来年!!
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テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年12月26日 (日) | 編集 |
娘が冬休みで帰省しています。そうすると、色々普段と違うことが起こりますが、

うーん一番違うことは、家で交わされる言葉数か、飛躍的に増えることです。私の脳はフル回転しながら、娘の言葉を理解しようとします。普段は猫語が分かればいいのですから、意外と簡単です。

まぁ、それでも娘ですから、そんなに気を使っているわけではありません。
彼女は「先入観を持って話されるのが嫌いだ」と言いました。小さい頃から嫌な場面がたくさんあったのでしょうね。


それはともかく、あと、びっくりするほど、私笑い転げました。久々、「おなかがよじれるほど」笑いました。何がおかしいかって、説明できません。理屈じゃないのです。笑いの壺にはまったというか・・・・。娘だからこそです。ありがたいことです。


血が繋がっているからではないと思います。ずっと一緒に生活してきたからではないでしょうか。自分を必要とするする存在を獲得して、自分にとってもかけがえのない存在となり、お互い影響しあっているからでしょうかね・・・。


2010年12月25日 (土) | 編集 |
snap_todokekoe_2010120155454.jpg


あの時、あの声、あの言葉
テーマ:お絵描き教室
ジャンル:学校・教育
2010年12月23日 (木) | 編集 |
学校へ行くことと
わたしの命と
どちらが大事ですか

いい子でいることと
わたしの命と
どちらが大事ですか

世間体を保つことと
わたしの命と
どちらが大事ですか


冷たくなった大学生と
ぬるいわたしと
どちらが大事ですか


テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年12月21日 (火) | 編集 |
子どもたちを取り巻く環境は、今も七年前と殆ど同じ状況ですし、そのことに関して、私は同じ気持ちです。でも、この"同じ"ということに戸惑います。

正確に言えば、全く同じではありませんが・・・。私自身の状況は、少し違っています。本を出版しましたし、ブログも書いていますし、何より私個人的に大きいのは、立花高校の存在を知ったことですかね。

 それで今だったらどういうスピーチをするのだろうと思うのです。・・・・・・私立の先生方を対象とした会だったので「パイルアップ」のような仕組み、つまり、子どもの努力をゼロから積み上げて、決して無駄にしない仕組みを導入して欲しいと訴えるのかもしれませんね。そして先生たちが幸せだと感じる学校にしてくださいとお願いするのかもしれません。

 やればできるという事を、具体例を出して話すのでしょう。そんな気がしてきました。まぁ、この時はハプニングで私にこの役目が巡ってきたので、またの機会はそんなに訪れないと思いますけど・・・・


 七年前のこの会では、長年教師をしてこられたとても素敵な先生が、ご自分の体験談を話されたのです。その話は、戦時中の話から始まり、とても感銘深いものでした。敵をやっつけるために始めた英語の勉強が、やがてみんな同じ人間同士だということを気づくきっかけとなり、英語の教師へと繋がっていくというようなお話でした。


 そんな素敵な先生でも、当時、あまり不登校についてご存知ではありませんでした。そのことを思うと、全く同じ状況ではない、理解は進んでいると思うほうが正しいのかもしれません。


 あの時期、私は必死で生きていました。よくこんな場に出て行けたなと、そのことにはちょっとびっくりしています。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年12月20日 (月) | 編集 |
つづき

 子ども自身は「学校へ行かなくていい」なんて思っていません。行かなきゃいけないと思っているからこそ、行けない自分が情けないし、恥ずかしいし、ひどい場合は自分は存在する価値もないと思ってしまうのです。明日こそは行こうという思いで床につくけど、行けるかなという不安でなかなか熟睡できなくて、明け方やっと少し眠れるというようなことを繰り返し、眠りのリズムがひどく乱れて昼夜逆転してしまう子もいます。不登校の子どもたちは、休んでいても体の休養が取れていないのです。彼らは学校に行かないのではなくて、行けなくなっているのです。我慢に我慢を重ねてへとへとなのです。その事に気づいてやって欲しいのです。でも、そのことを芯から理解してもらうのがとても難しいのは分かっています。だから理解できなくてもいいから、「理解できていない」ということを感じて欲しいのです。
 
 不登校の子どもにとっての苦しみは、学校を休み始めた日から始まるのではありません。その前の数ヶ月、あるいは数年に及ぶ期間、長い辛い苦しみがあって、それに心も体も耐え切れなくて、やっと休むという行動にでるのです。ですから、一つの自己防衛だと考えられます。つまり見方によっては解決への大きな前進でもあるわけです。その事を心に留めておいて頂ければ幸いです。

テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年12月19日 (日) | 編集 |
つづき
 
 私たちフレンズネットワークでは、月に一度親の会を開いていますが、そこでは参加者が自分の気持ちをそのまま語り合うことを大事にしています。自分の本音をさらけ出すことも、人の話を批判せず受け止めることも簡単ではありませんが、同じ悩みを持つ人と出会って、安心して悩みを語れる場があるという事は、とても参加者の力になるようです。藁にもすがるような気持ちで来られた方も、帰る時には笑顔が見えたりもします。親が元気になれば、子どもも必ず元気になっていくようです。
 
 私たち親も、子どもが学校を休み始めた時とても動揺して、どうにかして学校に行かせようとします。学校に行けないのが理解できないのです。なまけじゃないかとか、弱い子だとか思ってしまいます。そして次に自分のせいじゃないかと思います。育て方が悪かったのかとか、夫婦仲が悪いせいかとか、とにかくあの手この手で学校に行かない子を行かせることが解決策だと思い込んで、思い悩むのです。でもそんな事をやっているうちは、益々状況は悪くなるだけで、何も解決しません。子どもも暴れだしたり、昼夜逆転になったり・・・さらに子どもを傷つけてしまいます。

つづく
 
 
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年12月17日 (金) | 編集 |
 ちょうど七年前、私は熊本県の「私立中学高等学校 人権・同和教育 校長・教頭・推進委員合同研修会」というところで、急遽、代理でスピーチをするはめになったのです。その時の原稿が出てきたので、読み返してみました。そしたら、今の気持ちと殆ど変わりない内容に、ちょっと複雑な心境です。・・・とにかく今も同じ気持ちなので、ここに書いておくことにします。()内は今回補足しました。


 学校現場で何を大切にすべきか

 大切にすべきなのは子どもたちだということは言うまでもありませんが、教職員の方々のご自分の人生も大切にして頂きたいと思います。教師になりたての頃、こんな授業をしてみたいとか、あんな教材を使ってみたいとか、いろんな夢がおありだったんじゃないでしょうか。
 子どもたちは知的好奇心が旺盛です。魅力的な授業には耳を傾けると思います。そして、自分の夢を叶えるために必要なことなら、意欲的に取り組むでしょう。でも、(その意欲に答えたくても)事細かな生活指導などで忙しく、そんな余裕がないのが現状ではありませんか。先生方が忙し過ぎるのは、子ども達にとってもとても良くないことです。誰かがおっしゃっていました「教師は暇じゃないと務まらない」と。何か相談したくても「今は忙しいから後で」ということになり、その機会を逃してしまいますし、子どもの顔色が悪くても見過ごしてしまいます。また、先生方も本音で語り合う場がもてなくて、ストレスが溜まってしまうのではないでしょうか。自分の素直な気持ちと向きあうことが出来ると、相手の気持ちを受け止めることが出来るようになると思います。
 
 つづく
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年12月16日 (木) | 編集 |
 取り立てて特別な話でもないので忘れていましたが、子どもが転んでも、起こしてやる事はしませんでした。安全な場所なら、本人が立ち上がるのを待っていました。そして、なるべく歩かせました。少しきつい位で抱き上げる事はしませんでした。
 それから、子ども同士のけんかは、「広いところでしなさい」と言ってさせていました。まぁ、あまりひどい兄妹喧嘩はありませんでしたけどね。


自分では当たり前と思っていることで、とても特徴的なことがあるかもしれませんが、今思い出せません。まぁこんなところかな・・・・・。


ところで、私の子育て、役に立ちそうですか?

この逆をすれば、
お子さんが不登校にならないのかもしれません。・・         

テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年12月15日 (水) | 編集 |
 私は、必ずしも大人は子どもに勝るとは思っていません。子どもは一人では生きていけませんけど、子どもの方が大人に勝っていることも多いと思っています。特に絵は、子どもの無邪気な心で自由に描いたものにはかないません。だけど、私は「無邪気」に振舞った記憶がありません。だからそうならないよう、子どもの無邪気な芽を摘み取らないように心掛けて子育てをしてきました。なぜ、そんな風に考えるようになったのでしょうか・・・・。


 私の小さい頃、私の周りの大人は、子どもには分からないだろうと、無神経にそこにいない人の悪口を言ったりしていました。よくある光景だと思います。でも、子どもは子どもなりに理解するのです。そして、不愉快でした。私はそういう子どもでした。

 
 まぁ、それはともかくとして、子どもの質問には、その子の年齢にあった答え方があるだろうと思っていましたし、科学的に説明してしまったら、考える余地が減ると思ったのです。例えば幼い子が、「どうしてお風呂の窓は曇っているの?」などと聞いたとき、「水蒸気がガラスに触れて冷やされて・・・」などということはなるべく言わず、「不思議だねぇ」と言い、「こんな時も白くなるね」と同じような場面を思い出させるに留めました。
 それがどんなふうに子どもに影響したかは分かりません。

 
 それにしても、こんなことを心掛けていたことなんて忘れていたのですが、ここに書いているうちに思い出しました。過去を振り返るのも、たまにはいいかも知れませんね。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年12月14日 (火) | 編集 |
チンパンジー親子が数を数えたり、字を読んだり、色を識別したりしているのをご覧になったことありますか?私は、先日その映像を見て、ちょっと衝撃を受けました。彼らは、天才チンパンジーとして紹介されていました。でももちろん、生まれつきできたということではなく、訓練されたのです。

その訓練の様子も少し紹介されていましたが、研究者も、チンパンジーもとても根気のいることのように思えました。

モニターにバラバラに配置された1から9までの数字を小さい順に指差していくのです。正解すると、ご褒美をもらえるわけです。数字を一度に見せて、すぐに数字を■で隠しても、しっかり記憶していて、間違わないのですよ。

色に至っては、赤、黄、緑、桃、茶、白などの色を見せると、その漢字を示すのです。その逆もやっていたと思います。そして、色の違う積み木を積み重ねてみせると、その通りの順番で積み重ねるのです。

さらに、簡単な図形を組み合わせて作った簡単な言葉も覚え、簡単な文も理解し、表現するのです。


実験、研究のためにやらされているのでしょうが、もしかしたら、面白がってやっているのかもしれませんね。

子どものチンパンジーは、おっぱいをくわえながら、母親が問題を解くのを見て育って、母親のすきを見て、自らモニターに触れ問題を解こうとしていたようです。そのことが、私にとっては最も興味深いことでした。


この研究者達は、チンパンジーを大事にしているようでしたし、チンパンジーたちも、この研究者たちを信頼しているようでした。

それ以上の事はよくわかりませんが、私が小さい頃教わった「文字を使えるのは人間だけだ」というのは間違いだということです。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年12月13日 (月) | 編集 |
 そもそも、物、特に食べ物を粗末にすることは嫌いだったので、粗末にしないように躾けたのですが、「子育ては難しく考えず、一つポリシーがあればいい」みたいなことを耳にして、それをまともに受けとって「食べ物を粗末にしない」ということだけは徹底しようと思ったのでした。まだ未熟な親でしたから・・・。

 そして、食べ物を大事にする子に躾られたと思いますが、少し一生懸命になり過ぎて、このことで一度だけ息子を叩いたことがあります。あの時の、息子の目と、後味の悪さは今でも忘れられません。
テーマ:子育て・教育
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2010年12月11日 (土) | 編集 |
 私は、特に中学生から高校にかけて、朝食をほとんど摂らなくなっていました。最初は、寝坊して食べる時間がなくそうしていたのですが、そのうち、食べないものだと決め付けられて、母も作ってくれなくなったように思います(自分で作ればいいのですが・・)。とにかく、一分でも長く寝ていたかったのです。今考えると、とてもよくない状態だったと思います。

 自分の経験から朝食は大事だなぁと思っていたものですから、朝食は特に気を使っていたと思います。そうしていても、不登校になったのですけどね。

娘はとても早起きで、高校のときは自分で朝食を作り、お弁当も作っていたと記憶しています。中学校の時もだったかな・・・あぁ、娘に甘えてましたね・・・頼りない母でした 

つづく
テーマ:子育て・教育
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2010年12月10日 (金) | 編集 |
 私は、よく「ぐずねぇ。そがんぐずぐずしとったら、火事で焼け死ぬよ」と祖母から言われていたように思います。そんなこともあって、我が子はなるべくせかさないように心掛けていたと思います。辛抱強くなろうと心掛けていたのです。・・・つまり、そう心掛けなければ「早くしなさい」と言ってしまうと思っていたということですかね。


 娘は、かなり小さい頃から文字に興味を持っていました。幼稚園からの帰り道、途中の神社の石の柱に彫ってある人の名前を指差し、「これ何て読むの?」と、一つ一つ聞くのです。私はそのたびに「熊本太郎」、「肥後花子」などと読んできかせたのでした。

 彼女は飽きることなく、毎日毎日同じ事を繰り返しました。その度に私も同じように答えていました。普通に歩けば五分位の道のりを20分位かかっていたでしょうか・・。私はこれを「道草のフルコース」と読んでいたのです。

 

 なるべく「あとで」とか、「さっさとしなさい」とか言わないようにしていたのですが、実際はどうだったのでしょう。子どもに聞いて見ないといけないですかね。・・・

つづく
テーマ:子育て・教育
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2010年12月09日 (木) | 編集 |
ある方が、「あの頃は、洗脳される気がして恐かったから、参加しなかった」と言っていらっしゃいました。何のことかというと、齋藤眞人先生(立花高校校長)の2月7日の熊本での講演会です。私は「そういう理由で聴かない人もいるのだ」と、ちょっとびっくりし、そしてちょっと微笑ましくも思いました。

親の会の参加者にも、そういう方がいらっしゃいます。「宗教団体のような感じかなと思ってた」とか「言い含められそうに思っていた」とか・・・・・。

そう思われるのも、分からなくはないです。はっきり見えないものを信じたりしている訳ですからね。それまでの価値観を打ち砕かれることもあるし、自分の思い込みを解き放って、本質を見つめるというか・・・修行のように難しく思えることもあるわけですから・・・・・



齋藤先生の講演会は10月2日にも熊本で開催されたのですけど、こんどはこの方参加なさったのです。「聴いてみてどうでしたか?」とたずねると「よかったです」とおっしゃいました。ほんとによかったです。


2010年12月08日 (水) | 編集 |
 私の実家は、男尊女卑の傾向にありました。食べるものが違っていました。父や兄貴はいつもおかずが皆と違っていました。そして、冷ご飯など食べません。私は母と一緒で、だいたい冷たいご飯でした。そのことが嫌でした。今考えると、兄貴も嫌だったかもしれないとも思います。上の二人の姉がどうだったかは覚えていません。

 だからでしょう、男女平等にこだわりました。そして、男だから青色、女だからピンクとか決め付ける事をしないようにしました。それでも悲しいかな、私の中に染み付いたものはなかなか全部は抜けなかったですね。ついつい家事を娘に頼ってしまったように思います。そして、肝心の「夫と対等に話をすること」ができずにいます。つまり、今の我が家も古い風習がこびりついているということです。夫を立て、三歩下がってつつましく・・・少しうそっぽいですけど・・・。


 「男らしく」とか「女らしく」とかいう言葉は使いませんでした。男と女、同じ人間だからという思いだったのですけど、最近、ちょっと考えが変りました。時々、男女は別の生き物ではないかと思うときがあります。生き物としての尊さは同じだと思うのですが・・・・・。

 夫は、男の子に厳しく、女の子に甘いです。彼は古典的な九州男子です。子育ては、母親一人のものではないので、父親のことも書かなきゃいけないでしょうけど、うーん、書あたことから察してください。これだけは言っておきます。彼も、子どもが小さい頃は、おしめを替えたりしてくれる子煩悩なお父さんでした。

つづく
 
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年12月07日 (火) | 編集 |
 私は、五人兄弟の四番目で、やっとできた長男の後で、もう一人男の子が欲しいなぁというところで生まれてきた女の子だったと思います。姉たちは五歳、八歳違いで遊び相手にはならず、私の上と下は男の子でした。


そして、私がまだ物心がついていない頃は、親戚も一緒に住んでいて、家はとても忙しかったみたいです。子どものできない叔父夫婦が私を欲しがっていたので、幼稚園に入るまでは、他の町に住むその叔父のところに、よく行っていました。この話は、とても長くなるので止めておきますが、私は少し寂しい思いをしていたのだと思います。だから、我が子にはそんな思いをさせたくなかった。だから、少なくとも三歳まではしっかり側にいようと思っていました。


 そんなこともあって、幼稚園は2年で充分だと思って息子はそうしたのですが、だけどひょんなことから、娘は二歳半で幼稚園に入り、年少を2年することになったのです。この話もとても長くなるので、やめておきます。

つづく
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年12月06日 (月) | 編集 |
先日、家に帰ってみたら、大変なことが起こっていました。結婚して依頼、30年以上つきあっていたトースターが床に落ちて壊れていたのです。

どうしてこんなことになったのだろうと、一瞬呆然! よくみると、フライパンも落ちています。そして分かりました。直接の原因は猫です。トースターの上に置いたフライパンに魚の臭いが残っていて、それ目当てに棚に飛び乗ったのだと思います。そのはずみで落ちたのでしょう。

つまり、そのままで出かけた私が悪いのです。


あーあ、「三菱炊飯トースター」 ご飯も炊けるトースターだったんですよ。すごいでしょ 当時、二人だとそんなに食べないし、炊飯器を買わなくて済むと思ってこれにしたのです。丈夫でした。

あーあ、これで結婚してずっと使ってきた電化製品は、我が家からなくなります。修理しようという気にならない壊れようです。この状況だと、とても大きな音がしたに違いありません。猫もビックリしたでしょうね。

まぁ、けがをしなかっただけ運が良かったということでしょうか・・・。


2010年12月04日 (土) | 編集 |
 依然として、「不登校の原因は親にある」と思っていらっしゃる方も多いでしょうね。そして、「どんな風に育ててきたのか」とか、「どう育てたら不登校にならないのか」という風に思われるでしょう。そこで、我が子が二人とも不登校になった私の子育てを少しご紹介いたします。参考にしてください。


 私は、「私のようにならないように」という気持ちで、子育てをしてきました。どういうことかと言いますと

・本嫌いにさせない
・寂しい思いをさせない
・男女差別をしない
・せかさない
・朝食を抜かない

それから、これは「私のようにならないように」ということではなく、
・物、特に食べ物を粗末にしない
・なるべくこちらから教えない  ようにしていました。


 こんなところですかね。いい方を変えれば、本を好きになって、健康で、健やかに、よく考え、充実した人生を送って欲しいということです。


 とにかく私自身は読書が大嫌いでしたので、我が子はそうならないようにと心掛けたのです。私の母も読み聞かせをしてくれたのですが、申し訳ないけどとても上手とは言えなかったし、内容も面白くなかったし、そのせいか「もっと読んで」などと思ったことは一度もありません。そして、なぜか分からないけど、読書は楽しいことではなく、勉強のためだと思ってしまっていたんです。物心ついたときからです。(私はそのせいで読書嫌いになったと思っていたのですが、もしかしたら先天的な能力の欠如だったかもしれませんけど・・)


まぁ、そんなことがあったものですから、私は何度か練習をして読み聞かせをしました。「いないいないばぁ」から始まって、小さい頃は自分が面白いと思う絵本を買って、子どもが「読んで」と言えば、何度も何度も読んで聞かせたと記憶しています。そのかいあってか、二人とも本嫌いにはなりませんでした。
 特に娘は読むことが大好きで、説明書も隅から隅まで読みます。高校生の頃は、ハリーポッターの原文を取り寄せて読んでいました。

つづく
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年12月03日 (金) | 編集 |
私の知り合いのMさんが、12月から民生委員になって、教えてくれたのですが、


民生委員って、児童委員を兼務しているんですって・・・・知らなかったぁ!! 私、無知でした。
つまり、0才から全ての人が、支援の対象というわけです。

それで、不登校のことにもかかわるわけです。今Mさんの担当地域にはいないそうですけど。

あっ、それから「民生委員の歌」というのがあるのです。

民生委員は、月に一度例会があり、その時、最初に「民生委員・児童委員信条」という五箇条を皆で読み上げるそうです。他の地域の事は分かりません。どなたか教えてください。


念のため付け加えますが、個人情報は、絶対秘密にしなければいけないそうです。それって、人間にとってとても難しいことですよね。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年12月02日 (木) | 編集 |
昨日のつづき

 そんな彼を、両親は実家へ連れて帰り、過去の写真をたくさん見せ、彼が自分達の子どもである事を納得させました。彼の家庭は、特別な家庭ではないと思います。子育ても、少し厳しいところはあるものの、異常というほどではありませんでした。お母さんも明るい人ですし、お父さんも頑固ではあるけど、優しい親父さんといった感じです。彼自身は、小さい時から穏やかで、優しい感じでした。細かいところまでは分かりませんが、記憶をなくすにいたるストレスがあったとは考えにくい家族です。

 職場はどうだったのか、それもそんなひどい職場ではなかったと思われます。本人の記憶がなくなっているので、確かめようがないのですけど・・・・・。

 彼は、引越ししたばかりで、ダンボールの積み重なった中で発見されたと聞きます。文句が言えず、我慢するタイプで、嫌な事を嫌と言えず、ストレスが貯まっていったのではないかというのが、大方の見方でした。


 その後、彼は時折不安でパニックを起こしながらも、徐々に日常に溶け込んでいっているようです。過去を思い出せなくても、自分は明らかにこの家の子だと納得し、その日から新たな記憶を積み重ねて今にいたっています。会えば以前と何ら変わりなく見え、いつか「あぁ!!」と言ってくれるのではないかと期待を持たせる感じでした。しぐさやいたずらの仕方は、以前のままです。


 ただ、大きく違っていたのは、自分の意見を率直に言うようになっていたことです。「あのおじさんは、もう少し人の言う事を聴くといいのに」とか、そんなことを言って周囲を驚かせていたとか聞きます。
 かれこれ10年経つかと思いますが、以前記憶は戻ってはいないようです。それでも仕事に就き、どうにか生活しているようです。


 人間の心と体のしくみは、とても不思議ですね。・ ・ ・ ・ ・
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2010年12月01日 (水) | 編集 |
 ある青年が、26歳のある日、朝目覚めて、自分がどこの誰なのか思い出せず、途方にくれていたというのです。それでも彼は、自分のいる部屋の状況や、自分の周りにある持ち物から、自分は仕事に就いているらしいと思い、誰か職場の人間が気づいてくれるのではないかと考え、部屋にじっとしていたそうです。

 頭に小さなたんこぶが出来ているものの、体には何も異常がなく、何が起こったのかはいまだに分かりません。とにかく、予想したとおり、会社から無断で休んでいる彼を心配して人が来てくれて、彼の親に連絡が入りました。

 親は慌てて上京し、彼に会います。でも、彼は何も思い出しません。いくつかの病院で、いろいろな検査をしてもらったそうです。そして出た診断は「ストレス性健忘症」。・・・・・・・「ストレス性健忘症」と聞くと、すぐ治りそうな印象ですが、そうはいきませんでした。

 不思議なことに、彼は以前見たアイドルの名前や、映画の内容などは覚えていましたし、車の運転はできましたし、よく行ってた所への道なら自然と分かるようでした。さらに言葉も普通に話せました。だけど、友人や親戚、職場の仲間、両親、誰一人思い出せないのです。もちろん私のことなど分かるはずもありませんでした。彼は、記憶の中から、人間関係だけを捨て去っていたのです。私はそう思いました。人間関係を断ち切ることで、命を繋いだのではないかと思いました。今となっては確かめようがありませんが・・・・・。


つづく
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育