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◆不登校は命を守る自然な反応★決して怠けではありません◆◆そして学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、それでは反って事態を悪化させてしまいます■◆「不登校にもなれなくて無理を続けている子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままに❤はみ出しながらつづります(^-^)❤
2011年03月31日 (木) | 編集 |
最近、T高校のホームページは、とても愉快です。どなたがつくられているのか知りませんけど・・・・・。

特にお楽しみコーナーの「先生の紹介」・・今第三弾です。第一、第二弾も面白かったですけど、次第にパワーアップしています。
かなりの力作です。生徒達が楽しくなるようにといろいろ工夫されるのでしょうね。

それにしても、今春休みですよね。・・・きっと作り手も楽しんでいらっしゃるのでしょう。


一度ご覧になりませんか?笑えます。元気が出ます。

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テーマ:子育て・教育
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2011年03月30日 (水) | 編集 |
あきらめちゃいけませんね。・・・私諦めていた訳ではないのですけど、ここ数日、注文の確認を惰っていたようです。「届け!!文科省まで」の注文を受けているのに気づきませんでした。申し訳ない。

最近、古い記事を丁寧に読んでいらっしゃる方がいるなぁと思っていたのですが、もしかしたらその方かもしれません。

訪問者がどんな風に読んでいらっしゃるのか、本当のところはわかりませんけど、たまに以前書いた記事に拍手をいただくのです。・・拍手はいつどの記事にされたのか分かりますからね。

まぁ、どなたにせよ、熱心に読んでくださっているのはなんとなく分かるので、とても嬉しいです。


そうそう、この前ある方から「石井さん大好き」と言われました。(女性ですけどね)・・・嬉しかったです。やっぱり人間褒んといかんですよね。

褒められるとわたくし、甲斐甲斐しく働きます。
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2011年03月29日 (火) | 編集 |
被災した子どもたちの様子や、その子どもたちへの支援の仕方を話されているのを聴いていると、それはそのまま不登校の子ども達にあてはまることばかりでした。


・赤ちゃん帰りをしたり、爪を噛んだり、髪の毛を抜いたり、自傷行為が見られる。
・心配させまいと、いい子になる。
・絵を描かせたり、遊ばせたりして、気持ちを解放させる。
・大人は子どもの側で、不安な話をしないように心がけ、「大丈夫」、「いいんだよ」といってやる。
・元気を出させようとするのではなく、どんなに辛いか、悲しいかを聴きとってやるようにする。
・子どもを信頼して、お手伝いをしてもらう。等々

共通している点が多いでしょう?・・・ということは、不登校の子どもたちは、今元気そうに見えるあの避難所にいる子どもたちと同じくらい辛い思いをしていると言えるのではないでしょうか。

そう思って子どもを見てみると、今まで分からなかったことが見えてくるかもしれません。


そして不思議なことに、被災地の子どもたちは「学校に行きたい」、「勉強したい」と言います。不登校だった子もです。阪神の時もそんな光景が見られましたよね。

今までのように電気やガスや水を使いたいだけ使える便利な生活ができなくなった非常時には、不登校を理解するヒントが一杯あるように思います。
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2011年03月28日 (月) | 編集 |
時差ぼけしない人は、体内時計が壊れている可能性が高いとか・・・・・。やっぱりね。私の体内時計は壊れているようです。この頃、朝なのか、夕方なのかピンと来ない時があります。生活リズムがバラバラで・・・。うちの猫は、私が台所にたつと、何時でもついてきて食事をねだるし、布団に入ると一緒に寝ようとするし・・・。

でも、あまり起きないでいると起こそうと引っかくので、猫はまだ大丈夫かな??


今日はずっと家にいました。気づくと夕方ですね。実は6月にある講演会のチラシづくりをしているのですけど、これが難しくてですね。

文章は決まったんです。内容は素晴らしいと思います。6月12日!あと76日後。その頃にはもっと明るい日本になっていると思います。

だって、この日に熊本に来られる講師は、物凄い幸運の持ち主なんですよ。5%のの可能性を100%に変えるくらいの力を持っていらっしゃいますし、出合った人の数だけ愛を受け取っている人です。もしかしたら魔法の言葉を使う本物の魔法使いじゃないでしょうかね。・・・・・


冗談を言っていたら、私も元気が出てきました。さて、6月にどなたが熊本に来られるか分かりましたか?
お楽しみにね


2011年03月25日 (金) | 編集 |
愛は割っても薄まりません
本当の愛は薄まるどころか
注がれる相手が多いほど
濃くなり深くなります きっと

親の愛だって何倍にもなって
我が子からかえってくるでしょうから
学校の先生の愛は
何百、何千倍にもなって
かえってくるのでしょうね

ちょっと羨ましいなぁ

2011年03月24日 (木) | 編集 |
昨日あるピアノ先生から、こんな話を聞きました。
「高二の子が、この春、学校を辞めると言ってるのよ。一生懸命止めたんだけど、学校に行くのがとっても辛いんだって・・・辞めてサポート校に行くらしい」ということです。先生もとても心配して話されました。

私は、こんな話では驚かなくなっています。それはとても異常なことなのかもしれません。熊本では、年間1000人以上の高校中退者が出ているとも聞きます。1000人というと、高校が一校消えてしまう人数です。そして、その数がサポート校を新設させているのでしょう。


「既存の学校に子どもたちが合わないのなら、新しく学校を創ろう」という動きは、実は十二、三年前にここ熊本で起こっていたのです。私も、よくわからないままその話し合いや、イベントに参加したことがあります。冊子の表紙をデザインしたりしました。でも、その会はいつのまにか消えてなくなっていました。自然消滅かなと思っていましたけど、実はそうではなかったようです。

先月ある人と話していたら「どんな学校にするか意見が分かれて、解散したのよ。お金を出す人もいて、もう少しで出来るとこまできてたんだけどね」と言われるのです。どう意見が分かれたかというと、「少しくらい一致しなくても、つくりはじめよう!」というグループと「きちんとどういう学校にするのか決めてからでないと始められない」というグループに分かれたそうです。

その会に参加していた人たちは、みな一生懸命だったに違いないけど、残念な結果だったなぁと思いました。私は、理想の学校を語りだせば、人それぞれ違うと思うから、同じ方向を見ていれば、糊代をたくさんとって、そのつどそのつど練り直していけばいいのではないかなぁと思ったりもするのですけど・・・・骨格も一致していなかったのでしょうか・・・・


過ぎた事を嘆くのは、あまり建設的ではないですね。既存の学校に期待できないのなら、新しく学校を創るほうが早いかなと思ったりもしますが、私には今先立つものがありません。いつぞやの「一億円のおつり!?」(2月1日の記事参照)をにぎりしめて、希望だけは持ち続けたいと思います。
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2011年03月23日 (水) | 編集 |
今日は、小学校の卒業式に参加した友人から話をきくことができました。「校長先生も、PTA会長も、大震災の事に触れ、いつもとちょっと違う卒業式だった。それにしても子どもたちはけな気ね。在校生も、一時間半ずっと行儀いいのよ。そして六年生になると声変わりする子がいるんだね。高い音つらそうだった。そして、最近は先生達も歌を歌うのね。歌詞を見ながらよく頑張っていらっしゃいました」と、言ってました。何度も練習したんだろうなと思うと、複雑な気持ちになります。

小学生の頃、従順だった私は、何の疑いもせず一生懸命覚えて、間違わないように緊張していたと記憶しています。色々な子がいるんですよね。内心ばかばかしいと思っていたり、六年間の思い出て胸が一杯になっていたり・・・・・。


小学校時代が、楽しければ楽しいほど、中学校に入ってからのギャップに戸惑うと思います。はたしてどんなことになっていくのでしょう。



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2011年03月22日 (火) | 編集 |
私には、以前住んでいた地域に、今も付き合っている友人がいます。先日、その友人のAさん宅でホームコンサートがありました。2年ぶり二回目です。第1回は、Kさん宅でした。そもそもAさんがアコーディオンを習っていて、誰かに聴いて欲しいということで始まったことです。

久しぶりに、Aさん宅を訪ねると、筑波にいるはずの息子さんがいました。お母さんが放射能を心配して、呼び戻したそうです。でも、数日でまた戻るということでしたけど・・・

予定の時間を過ぎて、Kさん宅からKさん家族(娘さん二人と孫)とそのお友だちが到着。前回参加したご主人と息子さんは、今回参加拒否。結局、参加者は大人8人に1才児一人でした。


二間つづきの和室に九人、とても緊張するステージと客の距離です。
先ず最初はKさんの「かっぽれ」!・・衣装も着替えて本格的。素晴らしかったのですが、孫の1才児がしばらくして泣き出してしまいました。はじめて見るおばあちゃんの晴れ姿が、どうも異様なものに見えたようなのです。会場は爆笑の渦。実はKさんのご主人と息子さんも、Kさんの晴れ姿を見るのが恐くて?今回は参加しなかったとか・・。彼女の名誉のために言っておきますが、踊りはとても完成度の高いもので、とても上手だったんですよ。

そんな泣き声と笑い声が入り混じる中、二番手が私。赤ちゃんがくるだろうと思っていたので、軽い感じの歌数曲。1才児の反応を見ながら、ほとんどみんなで一緒に歌ってもらいました。10分程のステージは無事修了。出来は良くなかったけど、どうにか泣かれずに済みました。

そして、いよいよAさん。二年前より格段の進歩でした。素敵だったのは、Aさんのご主人のフランス語での「愛の賛歌」 Aさんの伴奏で、見事に歌い上げられました。息もぴったりです。1才児も拍手してましたよ。

それからKさんの娘さんのお友だちが胡弓で一曲演奏して、最後にみんなで、Aさんのゆっくりとしたピアノ伴奏に合わせ「花」を歌って、コンサート修了。


正直、音楽の先生なんかが参加されていたら、とても忍耐力のいるコンサートでしたけど、逆に、どんな人でも「わたしも今度やってみようかな」と思えること間違いなしの、とてもほのぼのとしたホームコンサートでした。


その後、手作りので、1才児を中心にお喋りと笑いが夕方まで続きました。


2011年03月20日 (日) | 編集 |
今 ここに生きる私たちは
いかなる苦難をも乗り越えて
受け継がれた命を 生きる者たち

今 ここに生きる私たちは
繰り返される悲劇をかいくぐって
守り抜かれた命を 生きる者たち

とてつもなく強く幸運な命
この命を明日へ繋げるために
また したたかに生きる

今 ここに生きる私たちは
何億年もの地球の試練を
乗り越えた証の持ち主

この奇跡に感謝し
この奇跡におののく
2011年03月19日 (土) | 編集 |
今日、あるひきこもりぎみの少年に「近くに来たから、お茶でもどう?」と誘ったら「放射能が心配だから」と断られてしまいました。ただ外出したくないだけなのか、本気でそう思っているのか、よく分かりませんけど・・・・・。

いずれにしても、今回の震災は、デリケートな子どもの心を傷づけているのは確かなようです。だって立派な先生でも、「あの日は、猫を抱いて震えながらニュースを見ていた」という人がいるくらいですから。被災地からはなれていてもです。

感性豊かな人は、他人の悲しみを自分のことのように感じとったりしてしまいます。それは悪いことではないけど、辛いことではあります。不登校の子どもたちは、感じやすい状態にあるかもしれません。

そう言えば、我が息子がよく学校を休んでいた頃、「鍵閉めた?」と毎晩確認していました。普段はそんなこと言ったことはなかったのですけどね。

「心配し過ぎ!」と撥ね付けないほうがいいかもしれませんね。私もつい励まそうと、乱暴なことを少年に言ったような気がします。慎重になり過ぎるのもどうかと思うけど、今はやっぱり非常事態ということでしょうか・・・。

それから不登校の子どもにとって、この年度末という時期は、進路を迫られる時期であり、穏やかではいられない時期です。それは親も同じですね。気持ちの切り替えは、すぐには出来ないかもしれません。


「心配で出られない」と言ったら、「心配ででられないんだ」と言ってあげればよかったのかもしれません。簡単なようで難しいことです。・・・・・・
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2011年03月18日 (金) | 編集 |
今日は朝とても冷え込んだようですけど、今は穏やかな晴天で、南の一段低い位置にあるお寺の瓦屋根が眩しく目に飛び込んできます。

膝の上では猫(あんず)がゴロゴロとのどをならして寝そべりながら、私の指の動きを見ているようです。・・・と思ったら、目を閉じて気持ち良さそうにしています。

そとでは、鳥たちの鳴き声が聞こえてきます。そして、耳をすませば新幹線の音も。

あっ、時計の音が聞こえてきました。可笑しいですね、時計は絶えず音を出しているはずなのに、聞こえたり聞こえなかったり・・・。


猫は前足を交差させ、器用な格好でくつろぎました。でも、耳はまだピンと立っていますね。

私はお昼には出かけなければいけません。・・・それにしてものどかです。まだゴロゴロいっています。


被災地に、早くこんなのどかな1日が戻ってくるといいのですけど・・・。そういえば、ニュースで猫の姿が見えませんね。


あんずが何を思ったか、膝からおりました。猫はきまぐれで、マイペースです。私も出かけます。


2011年03月17日 (木) | 編集 |
行政も少し理解を深めて下さったようです。

「熊本県子ども・若者支援地域協議会」が3月14日に発足しました。熊本県健康福祉部少子化対策課が主になって立ち上げたもののようです。県は、゛困難を抱える子ども・若者が社会生活を円滑に営むことができるように、子ども・若者の個性や能力が十分に発揮できる「自己実現できる社会」を目指す゛そうです。

理想には遠いものの、民間のグループが、行政の方たちと同じテーブルに着けるのは、いいことではないかと思います。







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2011年03月16日 (水) | 編集 |
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この絵は、3月6日に描いたものです。あの地元の大学生の事件やニュージーランドの地震の後の気持ちを描いたのですけど・・・・・



2011年03月15日 (火) | 編集 |
涙は、優しさに触れほっとした時に溢れてきます。本当に優しい言葉は、たとえ短くても涙を流すのに充分です。
それが直接慰めの言葉である必要はありません。心底優しい人の、その人なりがそのまま現れた言葉は、不安な心をそっと包みこんでくれると感じました。

人の温かさに触れると、緊張が解け、涙があふれてくる。それまで泣けなかった人が、捜していた人を見つけて泣き崩れる。本当につらいときは涙も出ないし、淡々と冷静にさえ見える。きっと危機を乗り越えるための身体の仕組みなのでしょう。でも、大きな危機を乗り越えたら、緊張を緩めてやる必要があります。涙はストレスを洗い流してくれると思います。

母が、戦時中、遺体がゴロゴロ転がっている中を夫を探し動き回った時の事を、淡々と話していたのを思い出しました。


今、きっと辛い気持ちを聴きとってもらいたい人が溢れているのでしょうね。私は幸い、そういう人に恵まれています。とても感謝しています。



2011年03月14日 (月) | 編集 |
人を励まそうとしているのに、かえって相手を傷つけてしまうことがあります。相手の沈み具合にあわせないといけないのでしょう。

さきほど関東地方に住む友人からメールが来ました。ガソリン不足、計画停電、買い物客の長蛇の列、生活のリズムが狂った状況を知らせてきました。私は返信の際、少し明るい気分に出来ればと、親父ギャグならぬおばさんギャグを迷いながら送ってしまいました。この人のこの状況なら大丈夫かなと思ったのですけど・・・。多分大丈夫。

どんなギャグかは聞かないでください。恥ずかしい


とても淡い色、デリケートな色合いのものに、強烈な赤は眩しすぎる時があります。沈み込んだ気分の時に、行進曲が騒音にしか聞こえないときがあります。相手の心の色やリズムを感じ取って、それにあわせる様に温めてあげられたらと思います。
そうそう、猫はそれが上手です。沈んでいる時、何気なくそばに来て、静に寄り添ってくれます。気のせいですかね。


2011年03月14日 (月) | 編集 |
津波に飲み込まれながらも、救出された方が「家ごと水に沈んだけど、家族の顔を思い出し、何としても生きなきゃと思い、濁流からもがいて、もがいて水面に顔を出しました」と、話されているのを聞いて、守らなきゃいけないもの、愛しているものがいることは、すごい力を出すなぁと思いました。


私も、自分の仕事をします。
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2011年03月12日 (土) | 編集 |
大惨事になりました。日本中で被害が出ているようです。
学校の先生方は、我が子のように愛しい教え子たちがあちこちで生活しているでしょうから、ニュースから目が離せないでいらっしゃるのではないかと思います。

わたしなんかも、我が子が無事でも心穏やかではいられません。不安な気持ちを誰かに話さないと、前向きになれない気がします。



津波は無差別にあらゆるものを飲み込んでいきました。意地悪な人の家も、優しい人の家も・・・・・・。


これ以上被害が大きくならないことを祈ります。




2011年03月10日 (木) | 編集 |
夜7時過ぎに自転車をこいで帰宅していました。すると部活帰りなのでしょうか、たくさんの中学生とすれ違いました。自転車で帰る高校生ともすれ違いました。彼らは、制服を着ています。制服って概ね黒か紺です。カバンも黒だし、とても見えにくいですね。

今更ですが、暗いところで黒い服は、とても危険だなぁと思いました。もう少し夜道でも見えやすい工夫をした方がいいんじゃないかな・・・・

(それより明るいうちに帰宅させることを考えるべきかもしれませんけどね)


ちなみに私は、白い上着を着るようにしています。どうかすると帽子もパンツも白で、ちょっと怪しげですけど・・・・


それから基本的な交通ルールを知らないのか、逆走していた自転車とまともにぶつかったことがあります。「左側を走らないとだめよ」と注意したら、「そうなんですか?」ときょとんとしていました。その時は小学生でしたけど。
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2011年03月10日 (木) | 編集 |
晴れた 空見上げて
若い 胸広げて
呼ぼう 白い雲を
おお! みんなで

街を歩きながら
風に吹かれながら
歌おう 声合わせて
おお! みんなで

どんなつらい時も
手と手 つなぎ合えば
でかい夢が湧くよ
おお! みんなで

君と 顔見合わせ
同じ歌 歌えば
いつも胸はずむよ
おお! みんなで



黒人霊歌とは小さい時は知らなかったけど、大好きな歌です


2011年03月09日 (水) | 編集 |
現在、小中学校は、どんなに休みが多くても卒業できます。もし、「卒業式に出ないと卒業できない」などと言われている人がいたら、それは学校側の都合でしかないので気にする必要はありません。子どもが本当に望むようにしてやるのがいいと思います。


だけど、義務教育の原点に立ち戻って考えると、無条件に卒業させるのは、ある意味無責任なことにも思えてきます。義務とは、「子どもに教育を受けさせる大人の義務」です。卒業させるという事は、それなりの教育を受けさせ、力を付けたことを認めるということでなければならないと思うのです。卒業証書が、ただの紙切れではあってはならないと思うのです。


ただし、本人が行けなかった学校に無理矢理連れて行っても、学ぶことなどできるはずもありませんので、現状ではさっさと卒業させて、気持ちを楽にしてやった方が得策と考えるから、無条件に卒業証書をもらえることは知っていてほしいと思うのです。(未だに卒業を口実に学校へ登校させようとする所があります)


もし、人と足並みが揃わないことが世の中の常識となっていて、誰もそのことで後ろ指を刺されないのなら、人より長い時間かけてでも、せめて日常困らないくらいの学力を付ける精一杯の努力をして欲しいと思うし、それは先生や親の義務だと思います。でも残念ながら、今はそんな日本ではないので、こんなことを言うのは酷な話かもしれません。


義務教育は大人の義務で、公も教育を受けさせる義務があるわけですから、学校という場所に足を運べなくなった子どもには、別の形で無償で教育を受けられる工夫をするべきではないでしょうか。熊本にも教育センターなど僅かに施設がありますけど・・・・・。親が対応できる家庭はいいですけど、そうでないところの子どもが、取り残されています。

とにかく、みんなが横一列に揃って上へ上へと上がらなくてもいい、むしろ全員が揃っていることの方が不自然だということを分かって頂きたいと思います。



ここまで書いて思いつきました。卒業式には、卒業証書を大人が子どもに与えるだけではなく、子どもから大人へ「学力をつけてもらった感謝状」あるいは「卒業するにたる学力をつけてもらった証」を、子どもから大人にもおくったらどうでしょうかね。そうすると、その「証」を生徒の数だけもらえない先生がたくさん出てくるのかもしれません。卒業証書授与式は、全く違うものになります。(・・・冗談ですけど・・・)
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2011年03月08日 (火) | 編集 |
昨日というか昨夜、河原町にある若者が経営する食堂で、息子と食事をしました。カウンターしかなく、そこに息子と並んですわりました。その正面にテレビがついていたのですが、そのテレビがまだアナログで、ゴーストがひどいのです。

我が家も数ヶ月前までアナログだったのに、とても懐かしい感じです。そして妙にあったかい気持ちというか、ほっとする気持ちになりました。(だからってアナログに戻すというわけではないのですけどね・・・)


人は(少なくとも私は)きれいに鮮明に映れば、満足できるわけではないのかもしれないなぁと思ったのです。もっときれいに、もっと精密にと、僅かの隙もないものを目指していても、本当に欲しいものはそんなものではないかもしれないと、ゴーストで色がにじんだアナログテレビを見ていて思いました。


不登校の子どもたちも、もっともっとと要求され、どんどん小さな型にはめ込まれていく窮屈さを感じとっているのかもしれません。


東京で4日ほど過ごしてきた息子が「東京は昼間は人が一杯だけど、夜はガランとしている。そしてみんな疲れている感じがした」と言っていました。


ちなみにこの食堂のテレビは、見られなくなるまで買い換えないのだそうです。最期を見とどけるために。
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2011年03月07日 (月) | 編集 |
「壊れてしまったんでしょう」と、考えられない事件を起こした学生のことをある人がそうコメントした。そうかもしれないと思う。では、何によって壊されたのか?・・・・・・まだ何も分からないが・・・・・

ここ数日このことで、こころが晴れない。




親というものは
子どもを授かり 名前をつける
「どうかこの子が 末永く 幸せでありますように」と
祈りをこめて

そして それに応えるように
我が子は二人とも 愛らしくすくすくと育った
やがて
大人になり 悩みを持ち
世の理不尽さを嘆き 生活に不安をいだく

だとしても 
彼らにはまだ命がある 生きている
だからこそ悩み苦しむ

そんな我が子を見ているのは
親としては辛いが
そんな我が子でも見ていられることは
親としては喜びでもある

この上のもなく愛くるしかったぬくもりを
突如 得体の知れぬ者に奪われてしまった
親の無念さを想うとき
我が子の生き様を見ていられることを
有難いことと思わずにはいられない

そして
同じように大切に育てたはずの子が
壊れてしまっていたという現実を突きつけられた
親の混乱を想うとき
壊れる前に休める我が家かと
確かめずにはいられない






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2011年03月06日 (日) | 編集 |
今、うぐいすの声が聞こえました。今日はしとしとと雨が降っているようです。このはっきりしないお天気、私はちょっと苦手です。ざーっと降ってしまうと、しゃきっとするのですが、そして、雷がなるとうきうきとしてきたり・・・・・

そんな天気ですので、パソコンに向かっているわけです。本当はしなければいけないこと山積み?なのですけど・・・。


やる気が起こらない時、そんなときはどこか体調がすぐれないときかもしれませんよ。(私の場合はちょっと違うのですけど)・・・・でも、体調がかんばしくないのに、やたら元気そうに見える方もたまにいらっしゃいます。気をつけましょう。??


私の知り合いの民生委員Mさんが言っていました「一人暮らしの老人が、身近にこんなにたくさんいらっしゃったなんて知らなかった。そして孤独死も、都会や過疎地の問題ではなくて、すぐ身近にあるのよ。報道されるのはほんの一部ねぇ」と。

ほんの一部しか報道されない・・・不登校もその点では同じです。



2011年03月05日 (土) | 編集 |
今朝はとても寒くて、ゴミを出しに外へ出たら、吐く息が白く見えました。このあたりはとても静かな土曜の朝です。

この時期、いろんな人が人生の岐路に立ち、選択を迫られます。右にするか、左にするか・・・・。それによって人生は大きく変わるのかもしれません。「あーぁ、あの時『はい』と言わなければ・・・」と言って、昨日友達と笑いました。でも、「いいえ」と言っていたからといって、ばら色の人生が待っていたという保証はどこにもないのです。


今度の地震の被害者も「まさか」という思いでしょう。私も娘が留学しているので、他人事ではありません。・・・だいぶ前、高速バスのバスジャックで、一人で乗っていた少女が事件に巻き込まれた時も思いました。私も幼い娘を一人高速バスに乗せたことがあったので、うちの子があの子だったかもしれないと思ったものです。


気が進まないまま歩いていて、思わぬ素敵な出会いがある場合もあるだろうし、みんなから羨ましがられる道を歩いていても、不運な目に遭うこともあるだろうし、それはもう私には予知することのできないことで、仕方のないことです。だから、結果じゃなくて、そのつど、そのつど、最善を尽くすことしかできないなぁと思います。


こんな風に考えられるのは、少し余裕があるからかもしれません。・・・疲れすぎていたら、少し休憩しましょう。私も、今朝はもう少し休憩します。


2011年03月05日 (土) | 編集 |
世の中には、信じたくないようなことが、常にどこかで起こっているのでしょうか?・・・そうかもしれませんね。

信じたくなくても、その事実と向き合わなければならなくなった人たち・・・


・・・そんなニュースが報道されるたびに、必ずと言っていいほど口にされる言葉があります。「まさか」です。

「まさかこんな近くで」「まさかそんなことが」「まさかあんないい人が」などなど・・・・


そして、そんなニュースの後、まるで何ごともなかったかのように次のニュースに話題は移ります。
いえ、アナウンサーの人も本当は動揺しているのかもしれませんが・・・・・。


そんな考えたくない、信じたくない事件や事故。そんな災いが誰の身にも降りかかる可能性があることを忘れてはいけないのかもしれないけど、忘れていないと生きていけない気もするし・・・・・




私たちは、在り得ないような偶然の中でこの世に存在して、いつもはそのことを忘れて生きているのですね。


2011年03月03日 (木) | 編集 |
ある不登校だった少年は、先月高校に合格して、入学を待っています。合格を知った時は、飛び上がるほど喜び、友人たちからも祝福され、励まされていました。

それでもつい先日、不安で冬眠!?したようです。まぁ、冬眠といっても二日くらいしか続かなかったようですけど・・・どんなことが不安なのかは、はっきり分かりませんが、彼は学校という所で、よほど嫌な思いをしたのでしょう。彼の表現を使えば、「はんぱなくいや」といったところでしょうか。

彼が通うことになった高校は、先生方の対応がとても優しい高校なのです。それでもなお「冬眠する」つまり睡眠のリズムが大きく狂うほど、揺れているのでしょう。

この子ばかりでなく、合格はしたものの、不安な気持ちと戦っている子が他にもいるでしょうね。特に最初は張り切って、そして少し疲れて、それでも休むのが恐いからさらに頑張って、やがて行き渋る日が来ると思います。スロースタートでいいのだから、入学までの一月、遅れを取り戻そうと頑張りすぎないで、ゆっくりすごして欲しいと思います。でも、不安で勉強せずにはいられない気持ちも分かる気はしますよね。

親もきっと揺れるでしょうね。何度経験しても、なかなか吹っ切れないのは、期待するからです。それって、当然のことですね。(・・・気づきました、私も揺れているのです)


春は、不安と期待が入り混じり、嵐のように吹き抜けて行くのでしょうか・・・・。
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2011年03月03日 (木) | 編集 |
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梅の花びらは、桜より小さくて、丸く、静に舞う・・・そんな印象でした。
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2011年03月02日 (水) | 編集 |
2月28日の熊日新聞に、「建てない建築家」という見出しを見つけました。(普段新聞を読む習慣のない私が、不登校以外の記事を読むことはとても珍しいのですけど・・・。)

読んでみると、実に面白い内容です。「僕は設計をしなかった。都市にある建物は既に余っている」というサブタイトルにその内容は集約されています。この早稲田大学建築学科卒の建築家坂口恭平という人は、学生時代から一貫して設計をしなかったというのです。ちょっと信じられない話でしょ!?

私はこういう型破りな話が大好きで、活字嫌いなのにこの長い記事を一気に読んでしまいました。皆さんもよかってら読んで見てください。シリーズものらしく①とあります。次にどんなことが書かれるのか楽しみです。

この「建てない建築家」という言葉から思い出すのは「教えない授業」という言葉です。前にも少し紹介しましたけど、橋本久仁彦という先生が高校教師時代にされていた授業のことです。とはいうものの、私はその中身は知りませんが、この先生の傾聴のワークショップに参加したことがあるので、素敵な方だということは太鼓判を押します。


それにしても、大学での課題でも設計をしなかった彼を卒業させた大学もユニークかもしれませんね。
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2011年03月01日 (火) | 編集 |
浮世の流れを見ていると、

受験のための勉強にあけくれ、
エリートを目指す子がいても、
誰もその子を非難は出来ない。

わが子に高収入の道を与えようと、
生活費を削って塾へ通わせる親がいても、
誰も彼らを笑えない。

そして、
いい学校に入れることだけが自分達の責任だと、
信じて疑わない教師がいても、
誰も彼らを説得できない。


だとしても、
ゆっくり考えようとする子がいてもいいし、
儲からなくても好きな仕事に就こうとする子がいてもいいし、
学歴に興味を示さない子がいたっていいじゃないですか。
そんな子にまで詰め込み教育を強いることはないと思います。


この世には、
実にたくさんの考え方があり、
実に多くの選択肢があるはずです。
色々な個性があるからこそ、
豊に暮らせると思うのです。
ゆっくり歩くからこそ、
見えてくるものがあると思うのですが・・・。

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