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💓不登校は命を守る自然な反応💓決して怠けではありません ◆★◆それでも、学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、必死になるとかえって事態を悪化させてしまいます★💓★「不登校にもなれなくて無理を続けている子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままにはみ出しながらつづります(^-^)❤
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2011年03月09日 (水) | 編集 |
現在、小中学校は、どんなに休みが多くても卒業できます。もし、「卒業式に出ないと卒業できない」などと言われている人がいたら、それは学校側の都合でしかないので気にする必要はありません。子どもが本当に望むようにしてやるのがいいと思います。


だけど、義務教育の原点に立ち戻って考えると、無条件に卒業させるのは、ある意味無責任なことにも思えてきます。義務とは、「子どもに教育を受けさせる大人の義務」です。卒業させるという事は、それなりの教育を受けさせ、力を付けたことを認めるということでなければならないと思うのです。卒業証書が、ただの紙切れではあってはならないと思うのです。


ただし、本人が行けなかった学校に無理矢理連れて行っても、学ぶことなどできるはずもありませんので、現状ではさっさと卒業させて、気持ちを楽にしてやった方が得策と考えるから、無条件に卒業証書をもらえることは知っていてほしいと思うのです。(未だに卒業を口実に学校へ登校させようとする所があります)


もし、人と足並みが揃わないことが世の中の常識となっていて、誰もそのことで後ろ指を刺されないのなら、人より長い時間かけてでも、せめて日常困らないくらいの学力を付ける精一杯の努力をして欲しいと思うし、それは先生や親の義務だと思います。でも残念ながら、今はそんな日本ではないので、こんなことを言うのは酷な話かもしれません。


義務教育は大人の義務で、公も教育を受けさせる義務があるわけですから、学校という場所に足を運べなくなった子どもには、別の形で無償で教育を受けられる工夫をするべきではないでしょうか。熊本にも教育センターなど僅かに施設がありますけど・・・・・。親が対応できる家庭はいいですけど、そうでないところの子どもが、取り残されています。

とにかく、みんなが横一列に揃って上へ上へと上がらなくてもいい、むしろ全員が揃っていることの方が不自然だということを分かって頂きたいと思います。



ここまで書いて思いつきました。卒業式には、卒業証書を大人が子どもに与えるだけではなく、子どもから大人へ「学力をつけてもらった感謝状」あるいは「卒業するにたる学力をつけてもらった証」を、子どもから大人にもおくったらどうでしょうかね。そうすると、その「証」を生徒の数だけもらえない先生がたくさん出てくるのかもしれません。卒業証書授与式は、全く違うものになります。(・・・冗談ですけど・・・)
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テーマ:不登校
ジャンル:学校・教育