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💓不登校は命を守る自然な反応💓決して怠けではありません ◆★◆それでも、学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、必死になるとかえって事態を悪化させてしまいます★💓★「不登校にもなれなくて無理を続けている子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままにはみ出しながらつづります(^-^)❤
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2011年06月30日 (木) | 編集 |
我が家の猫「かりん」は、14,5才だと思われます。病気を貰ってくるのを恐れる娘から、外に出さないようにときつく言われています。だけど2階で洗濯物を干している時、隙をついてたまに窓から出て行くのです。そして屋根から塀へ飛び降りるのか、私が玄関を出入りする時、ニャーニャー鳴いて帰って来るのでした。

ところがこの前、かりんが窓からするりと出て行ったので玄関に回って呼んだのに、帰って来ません。可笑しいなと思っていると、2階から声がします。ベランダの日陰で「入れて」というように鳴いているのです。あらあら、飛び降りれなくなったということかしら・・・・。今日も同じところで鳴いていたので、やっぱり体力が落ちたということなんでしょうね。自然には逆らえません。・・・・・・それでいいです。身の程をわきまえているということですかね。ちょっぴり寂しいけど・・・。

私は身のほどわきまえず久しぶりにでんぐり返しをしてみました。頭がくらっとしました。猫の方がなんぼかましですね。
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2011年06月29日 (水) | 編集 |
ぞうさん
ぞうさん
おはなが ながいのね
そうよ
かあさんも ながいのよ

ぞうさん
ぞうさん
だあれが すきなの
あのね
かあさんが すきなのよ


子どもたちが小さい頃、よく歌って聞かせた歌の一つです。
2011年06月28日 (火) | 編集 |
私のように普段不登校に関わるボランティアをしていると、だいたい似たような考えの人たちの中にいるので、自分の考えを率直に言っても、概ね理解してもらえ、話をしていてもストレスを感じる事は殆どありません。

しかしです、これが学校とか、地域の不登校に対して知識や体験のない方々の中に入ると、びっくりというより、ちょっとした恐怖さえ感じます。私頭が可笑しくなったのかしら、言葉が通じそうにない・・・みたいな・・・この中で私の考えをストレートにぶつけても、とうてい分かってもらえそうにないし、「変な人」とか「生意気で非常識な人」と思われて、事態は改善されないと感じました。

それでも、つい何かしら感じて欲しくて「子どもにちゃんと話を聞くように指導しているとおっしゃいましたが、先生方は子どもの話を聴く時間はあるんですか?」と質問しちゃいました。やんわりとした言い方で。そしたら「時間はあまりないので、毎日ノートに感じたことを書いてもらって、それを読んでコメントを返し、字や文章の変化などで、変だなと思ったら、個別に話を聴くようにはしています」という答えでした。

この先生は一生懸命だなと思いました。そして大変そうだなとも思いました。その隣の方はもっと大変そうだなと思いました。だって、眉間に皺がよりっぱなしなんですもの。

そしてここでも聞きました「いじめ根絶」の言葉。

私思うのですが、人が複数集まれば、何かしら摩擦や衝突が生じるし、疲れたりしていれば、小さなことでもいらっとする時はあるし、皮肉の一つも言いたくなりますよ。そして相手を不快にさせてしまう。

いつだったかの新聞の記事。いじめを根絶しようとしているNPO法人のいじめの定義が「人が嫌がることをすること」とか書いてあったけど、それを根絶するには人との接触を絶つこと意外に方法はないと私は思います。もう少し、ゆとりを持ちたいですよね。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2011年06月27日 (月) | 編集 |
齋藤先生が講演の中で「親がどんなに愛していても、学校の教員がどんなに愛していても、肝心要の子どもたちの半数以上が、『自分はダメな存在だ』と思っている」とおっしゃいました。

 「自分はダメな存在だ」とか、自分に自信が持てなくなる子の親が「ダメな親」だということはありません。素敵な両親に恵まれながら、リストカットを続けていた子を知っています。

 「貴方のせいで子どもが自信をなくしてしまっているのではない」と、優しいお母さんたちに言いたい。

私なんかが今まで生きてこられたのはどうしてだろうと考えると、まだ限界に達していなかっただけかもしれないと思う。・・・いえ、本当の事はよくわかりません。ただ、とても辛い時、生きていくことに大した喜びも見いだせなかったり、面倒に感じたりするとき、誰かの胸にすがって思いっきり泣けたら、楽になるだろうなと思います。

誰かって、しっかり抱きしめてくれる誰かです。理屈ではない何か、温かさとか、ぬくもりとかを感じられたら、少しほっとできるかな・・・・・。


信じてやって欲しい、貴方の子を。
大丈夫と言いたい、貴方に。
だって貴方が育てた子ですもの。
貴方が育てた素敵な子は、
自分に厳しい素敵な子です。
抱きしめてあげてください。
理屈はいりません。
愛しくて愛しくてたまらない貴方の子を。
大丈夫です。
私はそう信じています。
テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2011年06月26日 (日) | 編集 |
今日は、台風も少しそれて、無事大分に行って帰ってきました。おかあさんコーラスの九州大会でした。

これで、迷わず「不登校問題の全国のつどい」に行けます。そういう結果でした。(5月22日の記事参照)


早起きが苦手な私が、五時に起きて、往復六時間バスに揺られたので、足はパンパン。それでも、とても楽しい一日でしたけど・・・。

今日はこの辺で失礼します。皆さん、疲れたら休養を取りましょう!!
2011年06月23日 (木) | 編集 |
今日、冷蔵庫の寿命が来たので、新しい冷蔵庫を慌てて買いに行きました。意外とこれというものがないのです。それでつい、すぐに配達できるものを買ってしまいました。

冷蔵庫が来るまでに中身を出して、掃除をして、要らない物や食べない方が良さそうな物を捨てました。これもいい機会かななどと思いながら作業をしていたのですけど、捨てるものが多くて・・・・・・私、もともと家事が好きではありません。主婦に向かないと思います。特にここに越してきて10年間、大きな声では言えませんが、ろくに家事をしていません。

生活を捨てていたかもしれませんね。私はつくづく思います「家事が大好きで、楽しく家事をする"つま"が欲しい」と。家事はなかなか奥深いものがありますから、賢くないとできません。うんうん。家事をこなすスーパー主婦、尊敬します。

言っておきますが、家事をきちんとする親の子は不登校にならないかというと、そんなことはありません。これは明らかです。そして、不登校の親が全て私のように家事が嫌いかというと、そんなこともありません。これも明らかです。そして、"好き嫌いが多い子が不登校になりやすく、何でも食べる子が不登校になりにくい"なんてこともありません。多分。


そして幼い頃のびのびと遊んだ子が不登校になりにくく、あまり自由がなかった子が不登校になりやすいということもないと思います。だ・け・ど、その逆はあるかもしれないと思っています。?? つまり私は、幼い頃に子どもらしく遊び、感性が育ち自分なりにやってみようとする子の方が、同じ学校環境の中では不登校になりやすいかもしれないと思っています。

独自のスタイルを貫こうとすると、ストレスが多くかかる今の世の中ですから・・・・・「指示通りにする」のが苦手で繊細な子、不登校になりやすいかもしれないなぁと思うのですけど、かくたる証拠はありません。
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2011年06月22日 (水) | 編集 |
本棚の整理をしている時に、父の写真を見つけました。趣味の油絵を描いている写真でした。年齢を見ると58才と書いてあります。びっくりです!!私とほぼ同じ年齢。なのに父はやはり"父"以外の何ものでもない。何も知らずに見ても同年齢とは思えない。これは父がふけて見えるのか、私が自分の老いを見ないようにしているのか、・・・その両方なのかな・・・・!?

いやはや、頼りになりそうに見える父も、実はまだ若かったともいえるし、若ぶっている私も、いつの間にかこんな年齢、ともとれるし・・・・・。まぁ平均寿命などを考えると、私が頼りないのも許されるかな・・・・。


私はいつまでも子ども気分が抜けません。だからでしょうか、つい子どもに理解をしめさない大人に腹が立つのは。
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2011年06月21日 (火) | 編集 |
昨日、変な終わり方をしたので、今日は書かないわけにはいかないかな・・・私、生きていますよ。(ほとんど心配されていないと思いますけど)

雨が続くと、頭にもカビがはえそうです。
昨日、講演のまとめが一段落ついたので、本棚の整理をしました。いつ以来か覚えていませんけど。そしたら、「学校過労死」の本が出て来ました。誰かに貸したような気になっていたのに。貸して返って来ていないのは堂野氏の「あかね色の空を見たよ」でした。(「届け!!文科省まで」も、一冊ビニールに入って出てきました。一冊キープしておこうと思ったのでしょうか・・・)

その他絵本もほこりをかぶっています。懐かしいと思って開くと、なかなか仕事ははかどりません。

実は、要らない本を捨てて、本棚の上の方を軽くして、倒れにくくしたかったんです。地震に備えるという意味もありますし、これを期に、断捨離とかに挑戦しようと思って・・・・・。結構不要なものあるんですよね。十年前こんなものを持って引越ししたのかと思います。でも、当時は必要だったんでしょうね。

十年前、不登校のトンネルからは抜け出していましたが、ふいに足をすくわれて(不登校とは別の)少々深い谷底に転落したのです。でも、意外と早く登る道は見つかったんですよ。そして、その道は、とても素敵な景色の見える丘に繋がっていたというわけです。多分谷底に落ちなければ見つけられなかった道です。こんな道を探し当てた自分を褒めてやりたいです。

つい、話がそれました。本棚は上の段が空いたので、そこを小さなギャラリーにしようと思います。楽しいですよ。


それにしても、断捨離は私には難しいです。無理はしないでいこうと思います。
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2011年06月20日 (月) | 編集 |
先日夜遅く、テレビにかつて子ども劇場のキャンプに手を引いて行ったことのある青年が出ていました。彼は大勢の中の一人で、いつもはどこにいるかなと捜しても分からないことが多いのですけど、この日はしっかり歌声も聞けたし、かつてのアイドルといっしょに歌って踊って、しっかりしたコメントを言っているのも聞けたし、嬉しかったです。

目がパッチリとしていて、人なつっこくて、可愛い子でした。今も少し面影があります。・・・・・自分が関わった子が、好きな事をして活き活きとしているのを見るのは、嬉しいものです。


学校の先生だったらなおのことでしょうね。しかも我が子のように可愛い子が何百何千といる方もいらっしゃるわけです。教師という職業は、本当はとても楽しいやりがいのある職業ですね。


(雷が鳴ってきたので、今日はもうパソコンを切ります。中途半端な感じもしますが、悪しからず。命があったら、またあした)
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2011年06月19日 (日) | 編集 |
snap_todokekoe_20116011277.jpg

今日も一日雨もよう
先週ほどではありませんが


一昨日17日、熊本日日新聞の23面にフレンズネットワークの15周年の記事と、齋藤先生の講演内容が載りました写真付きで。近くの民生委員の方が電話してこられました。「見ましたよ。頑張っていらっしゃいますね」と

2011年06月16日 (木) | 編集 |
いに絶たれる 命なのか

おく未来につづく 命なのか

つろな定めを 知るよしもなく

どもに勤勉さだけを 強いるのは

かつなおとなの 暴力かもしれない



勤勉さは大事だけど、命の意味はそれだけではないはずです。この大震災を経験して、この世に生まれ、生かされている意味を考えずにはいられない。
私が望むのは、子どもの屈託のない笑顔を見ること。ただそれだけでいいのに、そのことが意外に難しい。子どもに限らず、邪気のない笑顔を見れば、みんなが自然と笑顔になれる。そんな笑顔を求めて汗を流しているおとなが私は大好きです。私もそんなおとなでいたい。
テーマ:不登校
ジャンル:学校・教育
2011年06月15日 (水) | 編集 |
今日は不思議な一日でした。笠をさして合唱の練習に向かっていると、バス停で近所の元気なおばあさんがバスを待っていました。少し言葉を交わして、バスを待つのをやめて熊本駅に歩き始めたら、「来たよ」と呼び止められ、慌ててバスに乗りました。そして、そのおばあさんの自慢話を「そうですかぁ」とうなづきながら聞いていると、誰かが「石井さん、石井さん」と小声で呼びます。はたと見ると友人(影の編集長2009.11月13日の記事参照)がバスから降りる所でした。
彼女に「どうしてこんなところにいるの?」と驚いて尋ねると、彼女は前を向いたままにんわり笑っただけで、熊本駅で降りて行きました。

そして、私は終点(目的地までまだ徒歩15分)でバスを降りると、そこに以前中学校のPTAで知り合って、最近合唱祭でもお世話になったMさんがいました。しばらくお喋りしながら一緒に歩き、私は県立劇場をめざしました。

やがて練習を終え、(魔女の宅急便に出てくるような名の)パン屋さんで美味しいパンを買って、講演会のチラシを貼っていただいていたお礼を言って、当日の様子などしとしきり話して、テクテク〝ウェルパルくまもと〟を目指して歩いていると、また誰かが「石井さん」と呼びます。
すれ違った車から、友人ののAさんが手を振っています。「ホームコンサート」(3月22日の記事参照)以来でしょうか。車まで戻って、じゃまにならないところで立ち話しです。彼女とは子どものこと、友人のこと、民生委員のこと、あるシンポジウムのことなど、めったに会わないので急いで話しました。

今日はついているのかなと思いながら、いつも親の会をしているウェルパルくまもとに行きました。すると、以前同じマンションに住んでいた方がそこで働いていらっしゃったので、講演会は別の会場だったと話したら「ここじゃなくてよかったですね」とおっしゃいました。あの日、あの大雨で道路から浸水してきて、木の床は水浸しで雑巾でふき取るのに大変だったそうです。


ということは、齋藤先生が「私の行いが悪いばっかりに、こんな天気になってしまいまして」とおっしゃっていましたが、よくよく考えると、講演会が開催でき、無事修了したのは、「齋藤先生の行いがよかったから」かもしれませんね。


あの日の帰り、我が家の近くで、お年寄りがカッパを着て不安そうに崖から流れる水を見ていらっしゃったのです。もう小降りになっていましたけど、私はその方の話をしばらく聴いて、励まして家へ帰りました。その時点でも呑気にブログを書いたりしていたのですが、なんとこの地域一帯に避難勧告が出ていたそうです。だからお年寄りが心配していたんですね。

とにかく先生も無事福岡に帰りつかれたようですし、遠方から来られた方も無事だったようですし、幸運な一日だったということでしょうか。


今夜また大雨になるとか言っていますが・・・・・・

2011年06月14日 (火) | 編集 |
12日の講演会で、齋藤眞人先生が「届け!!文科省まで」との出会いと感想を話してくださったことで、去年の倍、購読希望者が本を持ち帰ってくださいました。参加人数は悪天候で四分の三だったのに・・・・。

この違いは、齋藤先生の魅力と信頼感の大きさの証ですよね。感謝します。とてもありがたいです。

だけど、「立花高校で保護者の方々に販売した」という話には、びっくりしました。確か「自由に使ってください」と寄付していた分です。忘れていました。・・・しかも「よしよし」つきで・・・保護者の方もわるのりされるのですね。きっと楽しい雰囲気だったのでしょう。

先生が「これからも売りますよ。声を届けないと」みたいなこと(予期せぬ言葉に記憶は曖昧)を言われたのが、しみじみと嬉しかったです。あの本のパワーに、齋藤先生のパワーが加われば、必ず売れます。だって、あの本に詰った〝声〟は、心底みんなに読まれたがっているのですから。


今年、私の運勢はとてもいいと、確か何かに書いてありました・・・。(齋藤先生が引かれたおみくじみたいに「白紙」だったら、何でも書けますね。全国の先生が買ってくだされば、学校ぐらい建ちますよね  )


出来れば、齋藤先生を本来のお仕事、つまり子どもたちとの現場に戻っていただけるようになると、とても嬉しいのですけど・・・

このまま走り回られていては「教師〝S〟」みたいな歌が出来るかもしれません。


2011年06月12日 (日) | 編集 |
昨日、今日と、熊本は土砂降りで、洪水警報が出されていました。確かに時折真っ暗になったり恐怖を感じるような状況だったようですが、私はそんなことは今日に限ってはそんなに気になっていませんでした。

「講演会は予定通りあるのでしょうか?」と心配している人も少なくなかったようですけど、私はそんな心配は少しもしませんでした。だって、あのおひさまのような齋藤先生の講演会ですからね。


それにしても、あの土砂降りの中、講演を聴きに来る人はどのくらいいらっしゃるだろうかと少し心配しましたけど、思いの他たくさんの方が来てくださり、足を運んだ方々の想いの強さと、齋藤先生の言葉(0.5段)の威力を感じました。


ここまで書いて、なんか変な感じです。司会をしたり、いろいろなことに気を使ったりで、頭がぼーっとしているのでしょうか?・・・・・違います。私は今日じわーっとですが、とてもらくーになれました。劇的な感動ではないのですけど、じわじわと胸のつかえが降りて、少しずつ気持ちよくなっていく感じです。多分どなたにもご理解いただけないと思います。

このブログをはじめたのは、「届け!!文科省まで」の本がきっかけです。このブログを続けているのも、この本があるからです。この本は声の集まりですから、誰かに読んでもらわないと、声を発した方々に申し訳がないのです。そうなんです。そのことを少しでも理解してくださる方が増えたことが、嬉しくて嬉しくてたまらないのです。
ただ、このことを、この気持ちを誰にも語っていなかったので、何だか変な感じだったわけです。(ここまで書いて分かりました)



そうそう、今思い出しましたけど、ある新聞記者が本の代金を払ってくださったのです。私はすっかり忘れていたのですが、「今度あった時払います」と1ヵ月半くらい前に言われていたのです。りちぎな方です。何度もいいですと言うのに、しっかり定価通り払われました。それでつい私も夢を語ってしまいました。(内容はまだ公開できません。ちょっと恥ずかしいから)


取りとめもないことを書いてしまいました。今朝は雨の中主人が車で送ってくれたのも、じわっと嬉しいことの一つです。そして、今そばで猫が「かまって」とちょっかいを出してじゃますることも。

雨はもう小降りになったようです。私はとても幸せです。ありがとうございました。




テーマ:不登校
ジャンル:学校・教育
2011年06月10日 (金) | 編集 |
今朝、やっと熊本日日新聞に、12日午後の齋藤眞人先生の「社会への0.5段」の講演会の告知記事が載りました。10センチ四方の大きさの記事です。(4月24日の記事参照)

一週間前位ということだったので、ちょっとひやひやしていました。


もっと大きな声で呼びかけなければいけなかったのかもしれませんが・・・指名手配(?)になるほど忙しい先生のお仕事を、益々増やしてしまうのではないかという心配がブレーキになっています。
2011年06月09日 (木) | 編集 |
私はつめが甘いんですよね。そして一つのことしかできない。・・・二つ、三つ仕事をしていると、ミスをします。

またやらかしちゃいました。時間と日にちを間違え??、ち・こ・く・しちゃいました。へこむ~

こわーいおばさんたちから「どうしたんですか?」と睨まれ、席は一番前に用意してありました。いやはや身から出たさびです。


それとは別に、今日帰りがけ、ある年輩の方に栄養ドリンクを頂きました。・・・本当は私があげるべきかもしれないのに・・・でも、よく冷えて美味しかったです。
2011年06月08日 (水) | 編集 |
不思議というか、とても嬉しいことです。去年癌が骨に転移して入院していた方が、今では車を運転して外出し「今は何の悩みもない」と、幸せ一杯の表情です。

この方は、昨年10月2日に行われた齋藤眞人先生の講演会に、頑張って来て下さいました。その頃すでに最悪の状態からは抜け出ていらっしゃるようでしたけど、やせ細って辛そうでした。最後まで大丈夫かなと心配しながら見ていました。

その方が、昨日はとてもお元気そうで、治療がうまくいっているみたいで、少しふっくらとされ、にこやかです。奇跡かもしれません。
そして「齋藤先生の講演会に、知り合いを誘っているんですよ」と言ってくださいました。ご本人もとても楽しみにしていらっしゃいます。


本当に有難いです。
テーマ:子育て・教育
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2011年06月07日 (火) | 編集 |
ある少年が運転免許を取りました。もう何度か運転したようですけど、いつもお母さんに同乗してもらっていたそうです。でも今日、仲間二人を乗せてテレビを取りに友人宅まで数キロ運転することになりました。お母さんは「テレビを置く場所がない」と、乗りませんでした。

彼も覚悟を決めたのか、初心者マークをつけて一人で運転していきました。そして無事帰ってきました。後ろの席に乗った二人に感想を聞いてみると「こわかったー」と一言。一番緊張したのは、運転手だったでしょうけど  
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2011年06月07日 (火) | 編集 |
今日はひんやりしています。でも明日は30度を越えるという予報です。体調を崩さないように注意しなくては・・・。

近くの小学校は、二週続けて運動会が流れました。二回目の日曜には爆竹もなり、小学生が笠をさして体操服姿で登校していました。校庭では、白いテントの中で大人たちがしとしとと降り止まない雨を見ながら相談しているようでした。・・・大変ですね主催者側は・・・。そして保護者も子どもたちも、すっきりしませんよね。

登校中の小学生に「せっかく練習したから、運動会やりたいよね」と言うと、大きくうなづいていました。この小学校からは、運動会の練習の怒号は聞こえて来ないようです。


うちの息子は、6年の運動会は見学でした。笑顔を見せていましたが、本当は早く帰りたかったようでした。「帰っていい?」ときく息子を引き止めたのを覚えています。最後は後片付けをみんなとしていました。・・・・・どちらが良かったのか分かりません。
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2011年06月05日 (日) | 編集 |
合唱祭、あなどっていました。あんなに感動するとわかっていたなら、もっと熱心にお誘いすればよかったと後悔しました。

鳥肌がたつような演奏が、数団体ありました。中学生とか、市外から参加している高校生。

特に「教師〝C〟」という曲を歌った高校の演奏には感動しました。何ですかねあの感動は・・・。彼らが歌い始めた瞬間から引き込まれ、歌詞がストレートに入ってきて、コミックのような歌詞に笑いが起こるのですが、私は笑いながら涙が出て、泣きながらまた笑い、曲が終わる頃にはお化粧はすっかり剥がれ落ちていました。

指揮者は黒のスーツに頭はシルバーグレーの男性です。その指揮をしている姿もとても素敵でした。後姿でも、子どもたちへ向けている表情が見えるようです。あんな先生なら、部活入りたいと思うような・・・・。

とにかく、あの演奏を聴けたので今日はとても幸せでした。


家に帰ってパソコンで検索して、この曲を聞いて見ましたけど、面白いと思うだけで、感動はしません。
あれはなんだったのかなぁ・・・。感動というのはどういうときにするのでしょうかね。もちろん人によって違うのでしょうけど・・・。上手な団体なら他にもあったのです。でも、上手なだけでは鳥肌は立ちません。感動する時は、私語をする人がいなくなります。みんなが聴き入っているのが分かります。そして、舞台と客席が一つになっているという感覚になりますよね。


それにしても、合唱って独特の魅力があります。・・どんなに歌唱力があっても1人ではできないのですよね。
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テーマ:子育て・教育
ジャンル:学校・教育
2011年06月03日 (金) | 編集 |
不登校といっても、いろいろなタイプがあるようです。
家にいて、ただぼーっとしている子もいれば、学校に行こうと必死になって準備して、行かなくていいと言われたり欠席届けを出したりすると、元気になる子もいます。あるいは、全く無表情になる子がいるかと思えば、笑顔を見せる子もいるし、とても乱暴になったり、暴力的になったりする子もいるようです。

どういうことなのかはっきりとは分からないけど、ダメージの差でしょうか?ダメージの種類でしょうか?あるいは性格?・・・それやこれやの複合?

答えが分からないので、ちょっと視点を変えて考えて見ましょう。不登校の子ではなく、〝学校に行っている子〟に目を向けて見ましょう。
学校での様子、家庭での様子、元気一杯の子、元気のない子、比較的一人でいるのが好きな子、外で走り回るのが好きな子、色々です。時には部屋に閉じこもったり、妙にはしゃいだり、ドアをバタンと閉めたかと思えば、べったり甘えてきたりとか・・・色々に変化します。だけど親は、「思春期そんなこともあるよね、あったよね」と、割と余裕で見ていられるのではないでしょうか?

良くも悪くも、学校に行かないという状態になると、子どもの行動の一つ一つが気になりますよね。


うーん、・・・学校が大好きな子が行けなくなる学校って、どこに問題があるのでしょうかね?・・・こういう疑問は学校の側から投げかけられることはあまりないでしょうね。
学校側からは「どうしてこの子は学校にこれなくなったのか?」「親が甘やかしているのでは?」・・・
親も似たような疑問をいだきます。「この子はどうして学校に行けないのか?」「私の育て方や対応が間違っているのか?」「先生はどうしてもっとうまくやってくれないのか?」

よーく考えてみると、これらには共通する価値観があるのが分かります。それは「学校に行けなくなるのは悪いこと、間違ったこと」という考えです。

??当たり前ですか?
そんなの当たり前と思っていることに疑問を持ってみると、意外と物事の本質が見えてくるかもしれません。・・・馬鹿げていますか?難しいですか?

一度やってみませんか!?
テーマ:不登校
ジャンル:学校・教育
2011年06月02日 (木) | 編集 |
6月5日は第61回熊本県合唱祭です。61回もあっているんですね。私が生まれる前からあっているということになります。今年は中学校や高校、民間の合唱団が63団体参加するのです。私たちは52番目、五時半過ぎです。

この日は受付を手伝うことになったので、朝早くから県立劇場にいます。午後は受付をしなくていいので、出番まで時間をもてあましそうです。ずっと座って聴きつづけるのは、つらいなぁ・・・。眠ってしまうのはタブーです。でも、お祭りですから楽しめばいいのですけどね。


私は、小学校5年の3学期から合唱を始めました。前にも書いたかもしれませんが、友達が誘ってくれなかったら、その合唱団の存在も知りませんでしたし、興味も持っていませんでした。ただ、「クリスマスにはプレゼントがあるよ」の言葉に惹かれたのです。

そして入団すると、途中で辞めるのが苦手なのも手伝って、ずーっとやっていました。先生が優しくて楽しかったのが一番の理由ですけど・・・。それから大人になっても、結婚しても、歌う余裕が出来ると合唱団に所属していますね。

現在、二年前からまた歌うことが出来るようになって、本当に贅沢なことだなと思います。
2011年06月01日 (水) | 編集 |
今日夕方帰宅途中、家に向かう坂道で、「登るぞ」と自転車を押し始めたとき、近所の方らしい少し年輩の女性が坂を下りて来られました。私は「お散歩ですか?」と声をかけました。するとその方は「大変ですね」とにっこりされて「最近、この道は危ないんですよね」と言われるので、私は「そうですねぇ」とうなずいたり、「そうですか」と感心したりして立ち話になりました。

話は最初、新しくできた道路事情や子どもの通学路など地域の話題でしたが、それからご自分の身の上話になりました。趣味や興味をもっていることなどから、ご主人が亡くなってからのこととか、やがて子どもや孫の話になり、孫の就職先まで話されました。ご自身は今フリーだそうです。短時間にかいつまんで話され人生観も話されました。20分位だったでしょうか・・・その間3人のお年寄りが挨拶して通られました。


私は、どうしようかと少しまよいましたが、この人なら興味を持たれるかも知れないと思い、講演会「社会への0.5段」のチラシを渡しながら「不登校に興味はないかもしれませんけど・・」と言いました。そしたら「いいえ、不登校大好きです。私、厳しい先生嫌いなんですよ」と予想外の反応。ちょっとびっくりです。

「じゃ、ゆっくり読んでみてください」と帰ろうとすると「これもご縁ですね」と言われました。


いよいよ6月に入り、講演会まであと11日です。(4月24日の記事参照)