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💓不登校は命を守る自然な反応💓決して怠けではありません ◆★◆それでも、学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、必死になるとかえって事態を悪化させてしまいます★💓★「不登校にもなれなくて無理を続けている子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままにはみ出しながらつづります(^-^)❤
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2014年09月30日 (火) | 編集 |
私がある学校の先生にけっこうぶしつけな意見を言っていたら、天使が「そうなんですよ」と、真っ向から自分の意見を言いはじめました。
その先生は、自分の言いたいことをちゃんと理解してもらえてないと感じ、どうにか分かってもらおうと、言葉を捜していました。

私は「先生」という職業の限界みたいなものを感じ、親との超えられない溝のようなものを感じていました。天使もそこにいた他の親もそうだったと思います。

「いい人なのになぁ。これ以上いい人はそうはいない」と感じている先生なのです。だからこそ、どう伝えたら分かってもらえるのかと、いつも思っているのです。

とりあえず、分からなくても、へだたりがあることを感じ取って欲しいのです。

・・・なんでしょうかね、先生って。
先に生まれる(生きる)と書くから、何か「教える」ことをしなければ、子どもは育たないと思い込んでいらっしゃる方が多いような気がします。それが仕事だと。

この方に限ったことではありません。一生懸命に仕事をなさっている優秀な先生で、まだ親(人)としてのどん底を味わっていらっしゃらない方との、僅かな、そして確かなこのズレ。お互いに相手が理解不足と思っているこの空気感。そのもどかしさ。

子どもから学ぼう、悩んでいる親から学ぼうとするより、導こう、救ってやろうとする気持ちが少し前に出てしまうからでしょうか。・・・・・

もし、親としての試練が与えられたら、その時に気づかれるかもしれません。その時には、本当の天使が私たちの前に舞い降りることでしょう。
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2014年09月28日 (日) | 編集 |
先日は、突然目の前に天使が現れたのかと思いました。びっくりして、2メーターほど後ろに飛ばされそうになりました。初めての経験です。

その天使は、きらきらと輝く瞳で私たちを見つめながら、熱い想いを語り始めました。

彼女は「何もしなくても、子どもが教えてくれるんです。子どもが求めていることをしていれば、正しい方向に進みます。」と興奮気味に前のめりに語ります。
私も聞き逃すまいとして、気づくと前のめりになっていました。

「この人は、不登校の子と向き合って、いったいどれくらいでこの考えに到達したのか」と思い、聞いてみました。それでまたびっくり ! !  この春頃までは、真逆の母親だったそうです。

この数か月間のことを詳しく聞いてみると、とても苦労なさったようでしたけど、もともと子ども思いのお母さんだったことが分かりました。ただ、ちょっと勘違いをされていたようで、子どもの手を引っ張り過ぎて、子どもに積み重ねる順番を間違っていたとおっしゃいました。

詳しいことは省きますが、とにかく先ずは心を満たしてからだということにきづかれたのです。

不登校の子どもと向き合うと、多くの親はこのような考えに到達されます。

私が最初にぶっ飛びそうになったのは、そんな彼女が 私の「たとえば 鯖」を読了していて、私でも知っているような詩人と私を横並びに評価したからでした。・・・・そりゃぁぶっ飛びますよ。 ね。 (汗)

2014年09月25日 (木) | 編集 |
今日、「届け!!文科省まで゛」を読んだある政治家から

これを読むと、生徒と保護者と教師と同級生と・・・
それぞれ関わる人達の本音が見えてきて、これを知ることで、随分と色々な工夫が出来るのではないか?と思った次第です。


と感想を頂きました。ちゃんと読んでいただいたようです。文科省の方ではないけど、少し近づいたかも。いい感じでしょう?

そうなんですよ、まずはちゃんと知ってもらうことから、です。そして「工夫」をしてください。

不登校を減らす政策ではなくて、「魅力的な学びの場」を自由な発想で創り出していって欲しいものです。
2014年09月23日 (火) | 編集 |
今日は、市長選の立候補者の政策会議というものに参加して、ちょっと意見を言って来ました。慣れないことでちょっと疲れました。
もし市長になられたら、そんなに簡単に会えないし、今は色んな意見を聞こうという姿勢でいらっしゃるだろうと思って行ってみました。

多分いい人だと思います。奥さんがいい人そうでしたし、手伝っている方たちが礼儀正しかったのが好感が持てました。

だからって一票に繋がるかは他の候補者と比較しないと分かりません。

まぁ、短い時間に多くは伝えられないと思って、「届け!!文科省まで」と「たとえば鯖」の改定版を持っていきました。

それとは別に、実はとてもびっくりしたことがあるんです。

今の「市の総合計画」の話をされたのですが。。。
熊本市民の幸福度みたいなものの目標値は、人口の6割くらいの人が満足と感じることとしているのに、
(しっかり覚えてなくて申し訳ないけど)教育の・・生きる力を育む学校教育がなされている みたいに感じる人の目標値を3割程度にしているのですって。・・・よそでもそんなものなのでしょうか?・・なんかとても変じゃないですか!? ・・目標ですから10割でもいいと思いますけどね。

私には理解しがたいことです。これってどういうことなのでしょうか?3分の1の子を満足させられるのが精いっぱいということですか?それとも、3分の1の子が分かれば、それでいいということですか?

ある先生が「一人の子どもを粗末にするとき 教育はその光を失う」とおっしゃったのとは大違いです。
2014年09月21日 (日) | 編集 |
ある高校の創設者の言葉を、その学校通信で目にした時、私の心に衝撃が走りました。


太陽は誰のものか

子供は太陽である
親は子供という心の太陽に希望をもち 生活に光を見出す
教師は子供という太陽によって
何よりも尊い我が姿を見出す
その太陽 それは一体誰のものか
太陽は父母の私物ではない
教師の独占すべきものでもない
太陽自身のものである
自由に光輝くものを阻むものを
除くべきである

この先生が

「子どもたちは入学と同時に種々様々な拘束のもとに
不自由な生活を強いられる」

と既存の学校の価値観を嘆かれたのは90年も前のことだそうです。

学校に教育以外の感情がみなぎり、
教室に教育以外の感情が流れる その先にこそ、
自然で無邪気な子ども達の姿が輝く

と、説いていらっしゃるそうです。・・・・・・・・・私が生まれるかなり前に、こういう考えの教師がいらっしゃったのですねぇ。・・・きっと、この考えを引き継いでいる先生が複数いらっしゃいますよね。

もっと多くの方に引き継いでほしいですね。
2014年09月18日 (木) | 編集 |
我が家にも彼岸花が咲き始めています。朝晩はずいぶん涼しくなりました。

涼しくなると、食欲も出てきますね。でも、我が家の子猫は、気温に関係なくよく食べます。この一か月で三倍くらいの大きさになったような・・・このままいくと、「大きい猫」ではなくて、別の種、チーターかなんかになるんじゃないかと心配になるくらいです。

今はただただ無邪気に遊びます。そしてたくさん食べて、寝ます。そうして起きると、明らかに大きくなっているのです。脅威です。

優勢だった我が家の古かぶ老猫は、今では子猫を恐れるようになってきました。子猫の方は老猫にちょっかいを出して、遊んでほしいそぶりを見せています。今後この猫たちは、どうなっていくのでしょう。

そして、想定外の子猫の登場は、私にも想定外の刺激を与えてくれているようにも思います。

私も無邪気に遊び、しっかり食べて、ぐっすり眠り、翌朝少し大きくなって、やがて今までとはまるで違う私になっているかもしれません。 ( ^。^ # ) /
2014年09月15日 (月) | 編集 |
不登校の子どもと向き合っている親が「とてもきつい」と、辛そうにしていらっしゃるのを観ると、なんとか楽にしてあげたいと思ってしまいます。

でも、あの辛さは、ある意味しょうがないものかもしれないと思い始めました。

あの辛さは、子どもの事を心配するあまりの辛さ、子どもを楽にできない自分への怒り、先が見えないことの不安。などだと思っていました。けど・・・。

そもそも、学校に行かない子を受け入れるには、自分の既成概念を打ち砕く必要が出てきます。多くの人がそうです。それまで30年以上つちかってきたものを壊して築き直すというか、そんな大変な作業を脳が行っているとしたら、脳も相当疲れるでしょう。

そう考えると、時々休ませてやった方がいいのではないでしょうか。・・・子どもや学校などと関係のない、何か無心になれるようなことがいいかもしれません。それが気の合う人とのおしゃべりだったり、仕事だったり、遊びだったり、するのでは?

単純に、子の不登校から切り離される時間をもつようにすると、つまり自分の時間をもつようにしてみると、少し楽になるかもしれませんね。

そして、私の立場から考えると、色々なアドバイスより、そんな方法のほうが元気になれるのかもしれない。・・・いいえ、多分、解決策は一つではないのでしょう。それだけ大変だということですよ。

脳の大改造、意識の大変革ですから。だから、辛ーい作業の後に手に入れる物は、とても大きな宝になるのではないかと、そんな風に考えてみました。
2014年09月14日 (日) | 編集 |
私が関わらせてもらっていたフリースペースを利用したことのあるお母さんが

「うちの子が、またあそこに行きたいと言うんですよ。あそこで、お兄ちゃんたちが何も聞かずにゲームを一緒にしてくれたのが、すごく嬉しかったようです。叩かれないと分かって、安心して過ごしていました。本当にあそこがあったから、お兄ちゃんたちが遊んでくれたから、いじめられていたうちの子は死なずにすんだと思います。本当に感謝しています。」とおっしゃいました。

私は「子どもたちに伝えますね。」と言いました。
数回しか利用していなかったけど、しっかり心に残る場所になっていたのだと分かって、とても嬉しいです。

行政が絡むと、手続きとかがいったり、成果を報告しなければいけなかったり、ゆるっとした感じが損なわれがちだから、あの子どもたちが作った居場所は、狭かったけど窮屈さがなくて、居心地がよかったのでしょうね。

2014年09月11日 (木) | 編集 |


2014年09月09日 (火) | 編集 |
私が作った冊子の文章を読んで、「子供にぜひこの表現を使って励ましたいと心から思いました。」なんて嬉しい感想を述べてくださった方がいらっしゃいます。とても若い先生です。

光栄ですし、本当にこれで子どもたちが元気になってくれるとしたら、私としては本望です。彼はこれから何百人か何千人かの子どもたちと直に接するわけですからね。生まれてきてよかったんだって、心から思います。

大げさじゃないですよ。そりゃ自慢の子どもはいますけど、それ以外でこんなに自慢できることはそうはありません。まぁ、素敵な人と出会う能力は、前からちょっと自慢なのですけど。

ちょっと今夜くらい、あの満月に吠えてもいいんじゃないですかね。わぉーっ!! 一億点!?
2014年09月08日 (月) | 編集 |
月と街灯

どれがお月様でしょう?・・・
2014年09月06日 (土) | 編集 |
このブログには、愛読者が間違いなく10人はいらっしゃいます。すごいでしょ? そして、コメントもたくさんいただいています。ただ、非公開を望まれている方が多く、残念です。だって、とても素敵な文章が並んでいるんですよ。

先日から、それらを読みふけっていました。こんなに熱心に色々な方々に応援していただいたのかと、かみしめています。

その中に、「子どもとの不登校体験記」になるような感じの書き込みがあって、これをなんとか公表できる形にできないものかと思い始めました。三年間で125件、そのうち44件はお子さんの不登校のことです。

不安や迷い、安堵や噴気、その揺れ動く生の言葉は、貴重な経験の積み重ねを記録するものになっています。
これらは、きっと同じような悩みと戦っている人たちに勇気を与えると思うのですけど・・・。

そして、支援者や学校の先生方にも役立てていただけると思うのですけど。どうでしょうか?
2014年09月03日 (水) | 編集 |
いつも日曜みたいな私には関係ないのですが、夏休みが終わりましたね。

熊本は相変わらずジトッとした、はっきりしない天気が続いています。

それでもコオロギや鈴虫の声が、季節の移り変わりを知らせてくれています。
私は恵まれた環境の中に暮らしているようです。(隣はお墓ですけどね)

子どもが順調に他の子と同じペースで進学、就職と進めないのは、やっぱりかなりストレスに感じるものですよね。

我が家の場合は、ある時期、経済的に崖っぷちに立たされていたので、子どもが高校を出て数年進学のためのバイトをしていた時、みんなから遅れることに気を使う余裕もなく、そのまま子どもにまかせっきりだったのを思い出します。

子どもには悪いことをしたなと、反省しきりですけど、お蔭で子どもたちはしっかりしたのではないかと・・・・・

どんな状態でも、子どもが生きていて時々笑ってくりるというのは、親にとってはとてもありがたいことだと思っています。

私の5才上の姉は、今の私より2才若くして病死しました。当時母は80才を超えていましたけど、どんなに悲しかっただろうと思います。

虫たちは、何を思ってないているのでしょうかね。