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💓不登校は命を守る自然な反応💓決して怠けではありません ◆★◆それでも、学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、必死になるとかえって事態を悪化させてしまいます★💓★「不登校にもなれなくて無理を続けている子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままにはみ出しながらつづります(^-^)❤
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2015年09月30日 (水) | 編集 |
ヒヤーッとしました。パソコンがウィールスに感染。知識がないと、一瞬 途方にくれますね。子どもが不登校になった時なんかもこれに似た感じがありました。思い出します。

でも、対処法が分かると、対処していないのに少し安心します。色々なことを考えられるようになります。
「安心」がどれだけ大事か、再確認しました。困ったときは、誰かに相談してみるものです。(ただし、お金がかかりすぎる所はいけません。)
人は、人を頼って(人の力を借りて)生きていくのですね。
一人で生きているつもりのあなたも、存在そのものがあなただけの力ではありませんからね。
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2015年09月29日 (火) | 編集 |
先日、不登校の親を経験したものとして、記者にインタビューを受けたのです。私を含め三人。

正直、なんで今頃と思いましたが、世間はまた「不登校」に注目しているのでしょうか?

あっ、横ばいだった不登校の数字が右肩上がりになってきたそうですから、(私は統計の数字は実態と合わない気がして、あまり気にしていませんが) だからですかね。

記者の方は感じがよかったです。事前に色々勉強されているようでした。
予定時間を30分以上オーバーして2時間近くになった座談会だったのですが、全部録音させてもらっていたので、今日聞き返してみました。
自分の声を聞くのは変な感じですが、はっきり分かったのは、気持ちが入ってくると私の場合、声が大きくなるということです。

内容的には、かなり思いを伝えられたと思いますが、紙面が限られているので、どんなものになるのか、少し心配です。

10月23日の「す●いす」に載るそうです。何かしらお役に立つといいのですけど・・・。
2015年09月27日 (日) | 編集 |
「学校へ行き学びたいけど、どうしても行く事が出来ず、どうしたものかと考えている人に見えます。 」
と、コメントいただきました。ありがとうございます。
2015年09月26日 (土) | 編集 |
季節の変わり目、季節の後戻り、暑さがこたえます。

30度に達していないのに、35度の時のようなけだるさ。なかなかやっかいです。

昨日「たとえば鯖」を近所の人にあげたいからとメールがあり、届けてきましたけど、在庫が底をつきました。
有難いことです。また、作りますかね。

鯖は、いつが旬ですかね・・・いつでも誰にでも、おいしく食べていただきたいです。
2015年09月23日 (水) | 編集 |


これは、何だと思っている方もいらっしゃるでしょう。
逆さまにして見ていただくと、何だか分かるのでは?

そう、これは  と言う字を逆さまにしたものです。

その意味は・・・・・・・・それぞれ思いつかれたことを教えていただけると、嬉しいです。
2015年09月21日 (月) | 編集 |
先日、〇児〇県の小学校の先生からすごい話を聞きました。「やっぱり」と思う部分と、「そこまで!」とビビってしまう話のオンパレード。にわかには信じがたい封建時代のようなお話。
私の住んでいる県もそれに近いものがあるようですが、まだましだなぁと、変に安心してしまうような・・・。

その先生のお話を聞いていると、「体罰」が禁じられているのがウソのようです。その地域の方、遅れていますよ。無知ですよ。
だって「厳しく叩いた方が、子どものためだ」と言いきっている人が、部活の監督を長年やっていられるのですから。

スポーツの世界だって、かなり科学的指導が導入されてきていると思っていたのですけど・・・。小学生の頃、試合に勝ち進むということと、その子が大人になって力を発揮していくということは、イコールではありませんから。

この監督、親父たちも脅してビビらせているそうで、悲しい構造がなかなか打ち破れない感じです。子どもたちのいじめがどうのと言っている場合ではありません。いじめの見本みたいなものです。ただ大きく違うのは、公然と行われているという点です。誰も注意できない。なぜかというと、「勝つから」ですって!!・・・子どもが人質にされているんですよ。


何が大事なんですか?今日の一勝ですか?それとも
自主的で笑顔あふれる一生ですか?

暴力は連鎖します。そして、多分「勇気」も連鎖します。ここは先生、踏ん張りどころですよ。
2015年09月18日 (金) | 編集 |
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犬山で、私は「たとえば鯖」を50冊、50人の人に手渡してきました。
そのうちのお一人、小さなかわいいカフェで、同じ時間に食事をしていた方。
素敵なスカートが印象的で、全国のつどいの会場で同じスカートを見かけたので、「カフェにいらした方ですよね。」と話しかけ、冊子をお渡ししました。
そしたら、今日ご丁寧に、お葉書をいただきました。
「楽しく読ませていただきました」とあります。嬉しいですねぇ。

思い出せば、犬山遊園という駅に着いて、偶然入ったこのカフェのランチ、とても美味しかったのです。
なんだか人気のお店みたいで、とても待たされましたけど、とても美味しかったのです。だから全てがいい感じで進んだのかもしれません。
そのお店を出て、木曾川を右に見て歩くこと五分で、つどいの会場につきました。
また行きたいなぁ。
2015年09月17日 (木) | 編集 |
不登校の子どもは、学校に行けなくなるまでは、いわゆる「普通に」登校しています。その時点では「まじめな子」「自慢の子」と評されている子が、多くいます。
その子たちが、学校へ行けなくなったその日から「情けない子」に変身するのでしょうか?別の誰かに変わるのでしょうか?

もしそうだとしたら、今現在、休むことなく「普通に」学校へ登校できている子も、やがて別人になる可能性があるということでしょう。

その辺のこと、少し考えてみてくださいませんか?

「うちの学校には不登校はいない」というのは、自慢にはなりません。自慢できるとしたら
「うちの学校は、子どもたちはもちろん、先生たちも毎日楽しそうに登校して、活き活きと学びあっています。」と言える学校ではないでしょうか?でも、そういう学校でも、合わない子はいるかもしれませんが・・」

(最近、政治家の答弁を聞きすぎて、少し口調が似てきている気がします。汗)
2015年09月15日 (火) | 編集 |
不登校経験者は、そのほとんどが「登校経験者」です。そのことから、確実に言えることがあると思います。それは、

「登校」を経験しなければ、不登校状態にはならないということです。

「不登校問題」というものがあるとすれば、それは登校している期間に生じているのです。そうは考えられませんか?
彼らは学校に行くことができにくくなっています。生活リズムの乱れが影響しているとしても、それは塾や試験勉強や部活、そして友人関係を保つためのスマホなど、学校生活が大きく影響しています。

もし、家の中に大きな問題があるのなら、家出をするか、自分の部屋に閉じこもり部屋から一歩もでず、家族との接触を断つでしょう。

だからといって、学校の中だけに問題があると言っているのではありません。先生方のうつ病も多いようです。もっと大きな
個人の力だけではどうしようもない問題があると思います。
2015年09月14日 (月) | 編集 |
阿蘇山が噴火したようです。溜まっているものを吐出すかのようです。・・・

気持ちが荒れている子どもが、親に八つ当たりすることは、よくあります。体が小さければ怖くないけど、親より大きいと、それは概ね「暴力」とみられます。

子ども自身はそんな自分をどう考えているのでしょうか?
私は経験がないので想像するしかありませんが、私の兄や姉は、言葉の暴力がありました。普段は優しい面もあるのに、ヒステリーが出ると、手が付けられない感じ。
母は、なすすべなく、嵐が通り過ぎるのを待っている感じでした。私はどうしたかと言うと、弟と退避です。
兄や姉は、本当はどうして欲しかったのでしょう?

今、彼らを振り返ってみると、寝不足だったり、何らかのストレスだったりということがあったのではないかと思われます。
発作のようなその症状は、大人になるにつれ、少しずつ収まっていったようにも思います。
うちは、誰も怪我をする者はいなかったので、命の危険を感じるような状態とは、随分と隔たりがあるかもしれませんが・・・。

兄や姉は、私よりずっと母のことが好きだったと思います。だけど、父ではなく母に当たり散らしてしまう。父が怖いからというのはあったと思いますが、母に対する一種の甘えの表現だったとも思えます。厄介ですね。

母がきぜんとしていればいいのにと、当時の私は思ったものですけど、どうだったのでしょうか・・・・・。

乱暴な子どもがいるのではなく、子どもを乱暴にさせてしまう状況があるのだと思います。焦りだとか、不安、孤独、何かがその子を別人のようにさせてしまうのでしょうね。

親を叩いたり、突き飛ばしたりする子は、大好きな親に抱きつきたいのではないでしょうか?でも、大きくなり過ぎて、恥ずかしくてできない。
中には、まるで口を利かなくなる子もいますよね。親を困らせるのは、子どもが成長するのに必要なことなのかもしれませんね。
親も辛いです。
エスカレートしていくようなら、接し方が間違っていると考えた方がいいでしょう。信頼できる人に助けを求めてください。
2015年09月11日 (金) | 編集 |
冊子「たとえば鯖」から、少し抜き出してみます。

たとえば、学校を鯖に例えてみましょう。
多くの大人たちは「鯖はとっても栄養があって、食べると頭がよくなる」と信じています。だから「食べなさい」と勧めます。子どもが少しためらっていると「食べないと賢くならないから、少しでもいいから食べなさい」と勧めます。そうすることが大人たちの義務だと信じているからです。

ある子は喜んで食べます。またある子は仕方なく食べます。そんな中、鯖を頑張って食べた子が、腹痛を訴えました。鯖が少し傷んでいたようです。でも大人たちは、原因に気付かずに「これはとっても栄養があるから」と、また鯖を食べさせようとします。子どもは「食べられないと恥ずかしい」という思いもあり、少し無理して食べてみますけど、またお腹が痛くなってしまいます。
そんなことを繰り返していると、子どもは鯖を見るだけで脂汗が出たり吐き気がしたりするようになり、少しも食べられないようになります。

大人たちは首をかしげ、対策を話し合います。「どうしたらあの子が鯖を食べるようになるか?」という話し合いです。
ごく一部の人はここで気づくのですけど、多くの大人は「鯖を食べないと頭が良くならない。先々生きていけない」とまで思い込んでいますから、自分たちが食べさせようとする鯖がその子にとって危険なものになっていることに気づくはずもありません。
・・省略・・
大人たちは鯖を食べられない子の数を上司に報告しなければいけませんから、どうにかしてその数を減らせないものかと知恵をしぼります。大人も怒られたくないのです。
・・省略・・
一方、鯖を食べることで死にそうな思いをした子どもは「あんな危険なものを食べさせようとするなんて、大人は信じられない」と思ったり、
「大好きな人が自分のためを思って鯖を食べさせようとするけど、やっぱり食べられない。私は情けない子だ」と思ったりするのです。そうなると鯖ばかりか、それを勧める人も避けるようになります。

ここまでくれば、子どものことを本当に思っている人は気づくはずです「あの子はよくない鯖にあたったのであって、あの子が悪いのではない」、「無理に鯖を食べさせようとしても、あの子のためにはならない。とにかく元気になるのを待とう!」と。
・・省略・・
現在は、どんな子にも同じ量の鯖を、一斉に食べさせようとする癖が多くの大人たちに染みついているようです。そして、皆と同じように出来ない事がいけないことだと思い込んでいます。
でも実は、それでは個性の違う子どもたちの力を充分に伸ばすことはできないのです。残念ですね。
2015年09月10日 (木) | 編集 |
ちょっとボケてますがGetAttachment[1] (4)

あかるく
たくましく
まじめに
いつでも
たのしい
いい子!

と、鯖の模様を文字にしました。これは、私が作った、学校を「さば」に例えた冊子「たとえば鯖」の表紙絵です。
このイラストのタイトルは「〇〇〇い〇〇!?」です。
さて、〇に入る文字は何でしょう?
2015年09月09日 (水) | 編集 |
ブログのタイトル、紹介文、プロフィールを書き換えました。カテゴリーの組み換えなども少しずつしていきます。

失敗や挫折、辛い出来事を経験すると、それを忘れ去りたいと思います。全てを無かったことにできたらと、真剣に願ったりします。
でも、それはなかなかできませんし、自分の一部を消し去るようなことにも思えます。

どなたかが言われました「変えるのではなく、新しい何かを足してはどうか」と。「24色に25色目を」と。
そうしてみようと思います。

どんな人生にも、失敗や事件や事故、災害などがつきものなのかもしれませんが、
それでも、今より「もっと充実した人生を」と思うことをやめられません。ジタバタと生き続けると思います。
2015年09月06日 (日) | 編集 |
ネット上で見つけました。今大学生の娘さんが中学生の時、「そんなにエリートになってほしいの!?」と反抗した時、母親からもらった手紙だそうです。共感するところが多いです。

『お母さんはあなたに、良い大学に行って欲しいとか、良い会社に就いて欲しいとか、エリートになって欲しいなんて全然思っていません。勉強するということは、自分の頭で考え、判断する力を養うことで、本当は学ぶって楽しいことなんだよ。

 だけど今、世の中には自分の頭で考えることなんてしないで、上から言われたことにただ黙って従ってくれる人間が沢山いれば都合のいい大人たちがいます。

 お母さんは、今、日本の教育がどんどん変わってきていることを懸念していて、教科書もどんどん薄くなり、学ぶための勉強ではなく、テストや受験のための勉強として、短期間でひたすら詰め込ませ、そしてすぐに忘れてしまうような、勉強が嫌になって学ぶことを放棄してしまうような、詰め込むだけで考えることをしないような教育に危機感を覚えています。

 本当は世の中に頭の悪い子なんていないんだよ。学ぶことはとても楽しいことで、あなたの人生を豊かにしてくれるよ。いずれお父さんやお母さんがいなくなった時、一人でもあなたが自分の頭で考えて判断できる大人になっているように、悪い人間のまやかしに流されてしまうことのないように、お母さんはあなたに勉強して欲しいのです』

2015年09月05日 (土) | 編集 |
不登校について考えていると「いのち」とか「生きる」、あるいは「人生」ということについて向き合うことになります。

最初は「学力」とか「自立」、あるいは「人並」いう言葉が気になってしょうがないと記憶していますけど。

「いのち」がなければ、何もできないのに、ひとは時折「いのち」より「学歴」とか「名誉」、「メンツ」が気になるのです。

ただ心臓が動いているだけでは、それは[「生きている」ということにはならない訳ですけど・・・・・

最近普通の「ママ」たちが、「いのち」を守るために行動を起こしています。そのことに強く感動しました。

日本人は「NOと言えない」とか、「最近の若い者は行動力が乏しい」とか言われていたように思いますけど、
まだまだ捨てたものではないと感じています。

政治的な思想に関係なく(右でも左でも)、どんな子どもも不登校になると思うので、ここで政治活動をしようとは思いません。
でも、立場を超えて私は人間ですので、「いのち」を大切にできる環境を整えるために、どうしたらいいかを考えていきます。
2015年09月03日 (木) | 編集 |
このブログのタイトルを変えたことに、お気づきでしょうか?

そう「登校・不登校 VOICE」と、「登校」を加えました。

不登校の子どもは、元々「登校していた子ども」です。登校しているときに、改善されるべき問題が発生しています。

「不登校」は、その問題に気づかせてくれるきっかけのようなものです。そのことをどう表現したらいいのかと考えて、このタイトルを思いつきました。いわゆる「不登校問題」は、「登校問題」なのだと私は常々思って来たからです。

「不登校問題」は「登校」で解決を迎えるのではありません。そのことを分かっている人も多いのですけど、どうしても「どうしたら再登校するようになるのか」という視点に傾きがちです。

そのことに気づいて欲しいと思い、アプローチの仕方を変えることにしました。私自身の頭の中も少し模様替えし直します。

さてさて、どんなものになりますやら・・・・・
2015年09月01日 (火) | 編集 |
皆さんは運命を感じることってありませんか?・・・まぁ、ただの偶然なのかもしれないのですけど・・・

犬山では、誰かに導かれているのではないかと思うほど、偶然が重なって、会いたい人、素敵な人、素敵な場所に遭遇しました。
いままで旅行にそれほど魅力を感じていなかったのですけど、結構楽しいですね。はまりそうです。
億劫そうに思えることも、一度やってみるのもいいかなと思ったのが、一番の収穫だったかもしれません。

それで、ブログをもう一つ作ったのですけど、今までの書き込み画面に行かなくなり(汗)、やめました。
その代り、このブログを模様替えします。

「届け!!文科省まで」も、みんな旅立ちました。本当にありがとうございました!!!

今日を区切りに、新たな気持ちで前へ進みます。気負わず、私なりのやり方で。