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💓不登校は命を守る自然な反応💓決して怠けではありません ◆★◆それでも、学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、必死になるとかえって事態を悪化させてしまいます★💓★「不登校にもなれなくて無理を続けている子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままにはみ出しながらつづります(^-^)❤
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2017年09月29日 (金) | 編集 |
初めて、ゆうゆうバスとやらに乗ってみました。バスはあまり好きではないんですけどね。

一つ間違えるとどこに連れて行かれるか不安で。
でも、この辺の方たちは役所や病院に行くのに、バスはかかせないようです。
乗る人が少ないと廃止になるかもしれないので、自転車で行ける所だけど乗ってみることにしました。

行きはよいよいです。・・・でも、帰りは予想外の回り道。寂しい山奥にでも連れて行かれるのかと、ちょっとヒヤヒヤしました。

それでも、少しは地図が頭に入っていたので、家に帰りつくことができました。

慣れると便利に使えるかもしれません。
今日は思いのほか日差しが強く、昼間歩くのは暑かったです。

不安な時は運転手さんに尋ねるといいのですよね。

実は一か月ほど前、市街地から最終バスで帰っているとき、ぼんやり乗り越して終点まで行ってしまいました。

暗くて不安になって運転手さんに「この道を戻ればいいですか?」と聞いたら、
なんと、そのままバスで、降りるはずのバス停まで運んでくださいました。
ビックリでしょう!? 有難かったです。




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2017年09月24日 (日) | 編集 |
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小さいのに、魅せられます。

2017年09月21日 (木) | 編集 |
ある方が「中学校はブラック企業だ」とおっしゃったそうです。

朝7時頃から朝課外だとか、朝練があり、授業が終わっても部活を遅くまでして、そのあと塾に行って、帰宅するのは10時過ぎ、
そんな中学生はブラック企業で働いているようなものだという意味だと思います。

本当に労働時間8時間を大幅にオーバーしています。
特に睡眠が大事なこの成長期に、慢性的な睡眠不足を当然のように受け入れるのはとても危険です。
私はそう思います。学業面からも、とても損をしいているように思うのですけどね。

のびやかな考え方や、きらきら輝く発想など、出来にくいのではないでしょうか。

2017年09月19日 (火) | 編集 |
彼岸花がにょきっと顔を出しています。
「今まで隠れていたけど、ちゃんとここに生きていますよ」と言っているようです。

その赤い色は緑の中でとても映えますね。
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2017年09月16日 (土) | 編集 |
嵐の前の静けさなのか、青空が見えたりして、今もまだわりと静かです。
少し南を通るようで、最悪のコースは免れたと思いつつ、最悪のコースタだと思っている人もいるだろうと、気の毒にも思います。

自分の身に直接降りかかってこないと、反射的にほっとすることはありますよね。勝手なものです。

「あぁ、うちでなくてよかった」とか。・・・それが生きるものとして当たり前なのかもしれませんが。


ちょっと怖い嵐の日も、誰かが心配してくれていると実感できたら、心強いと思いませんか?
2017年09月13日 (水) | 編集 |
秋風が吹くと、ちょっぴり寂しい気持ちになりますね。
・・・・・・・・・・
それはそれとして、私の所属している団体がブログを作ったようですのでみてやってください。
登校拒否・不登校に学ぶフレンズネットワークくまもと 一人で悩まないで!」と入れて検索すれば出てきます。
そして、「いいね」でも押してもらえばありがたいです。

今からの親は、パソコンは必須みたいになっていくでしょうから、こういったものも必要なのでしょうね。
つまり、不登校の支援はこれからも必要だと判断したというわけでしょう。
あぁ、「いくら言っても変わらない」なんて思うこともあるけど、言わずに黙っていたら、増々悪くなるかもしれないし、

トンチンカンナことを言ったりしたりしている人たちと同罪になっちゃうと思うんですよね。
同じ考えの人がいたら「私もそう思う」とか、拍手をするとかだけでもしてくれたら嬉しいです。
四角い会議の席なんかでは、特にそう。心細いのですから。
2017年09月11日 (月) | 編集 |
私が学校で教えられたことは、教科書に載っていることがほとんどでしたけど、

世の中には、それ以外の重要な出来事もたくさん起きていているんだと、最近つくづく思います。

当たり前に思えていたことが、奇跡の連続でいまに至っているのだと気づくと、一日一日ががとても愛おしい。

だから、もう少し丁寧に生きてみようかと思います。

風を感じられることや
お腹がすくことや
疲れや痛みを感じることに
感謝して
「殺し」がなくなりますようにと祈りながら




2017年09月07日 (木) | 編集 |
久しぶりに、県庁で開催された「四角い会議」に参加しました。子ども・若者への支援について話し合う会議です。
三回目かな・・・少し慣れて、少し諦めの気持ちが先行していたのかもしれません。
もっとしっかり意見を言えばよかったと反省しました。

あんまりでしゃばっても・・・なんて控えめにしている場合じゃなかった。

義務教●課の方針は、「不登校の数をどうにかして減らしたい」という気持ちからの発想だと感じました。
「休みが30日以上にならないように」いろいろ対策を考えていらっしゃるのです。
申し訳ないけど、そんなことでは子どもたちは笑顔になりませんから。
短い時間で少し意見を言っても、ちゃんと受け取ってはいただけません。
噛み合わない感じもします。だからこんなことになっているのでしょうけどね。
どうしたらいいんでしょうか。

会議が終わって、私は義務教●課の方と直接話をしました。
話がうまくないので、肝心なことを伝えきれてないなぁ。・・・・

会議の前に別の方が「たとえば鯖、とても良かった」と言ってくださったのが救いです。

帰りに電車を待っていたら、元教員の女性と立話しになりました。初めて遭った方です。
彼女は「先生たちがパソコンにばかり向かっていて、あれでは子どもを観られない」と言ってました。
「教員の雑務を減らさないとダメ」という意見でした。
・・・・分かっている先生は、わりと多いようだけど、大きな声をあげられない。

「仕方がない」「こんなものだ」と、言っている大人にも責任はあると思う。
この状況に慣れてしまってはいけないと、自分に強く言い聞かせました。
2017年09月03日 (日) | 編集 |
「学校」といっても、みな同じということではないですけど、
「学校に行くこと」が子どもたちの目標になっているとしたら悲しいです。

学校は、生きていくための能力を伸ばすために利用する一つの選択肢ぐらいに考えてみたらどうでしょうかね。

他にもいろんな手段はありそうです。

それに、中学校を卒業したら、すぐに高校に入らないといけないとか、働かなきゃいけないという法律はありません。
心身がまだ外へ向かないような状態で進路を決定するより、時間をおいて考えるのもいいし、
学校や職場ではできない経験をしてみるのもいいですよね。

教師も、親も、いわゆる「常識」に囚われないで少し自分の考え方を開放してみてはどうですかね。
普通は日常に流されてそんなことできないけど、せっかく子どもが立ち止まってくれたのでしたら、
それを好機ととらえてはどうでしょうか。

学校のために子どもが存在するのではないのですから。