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💓不登校は命を守る自然な反応💓決して怠けではありません ◆★◆それでも、学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、必死になるとかえって事態を悪化させてしまいます★💓★「不登校にもなれなくて無理を続けている子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままにはみ出しながらつづります(^-^)❤
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2017年10月31日 (火) | 編集 |
昼夜逆転している子に「早く寝るようにしたら」といきなり言われたり、
「何のために生きるのかとか、死にたいとか考える。辛い」みたいなことを子どもが言った時
「みんなそんなこと考えずに生きているのよ」と言って励まそう?とする医者がいらっしゃるそうです。

子どもさんは、「もう病院には行きたくない」と言われたそうです。もっともだなぁと思います。・・・・・・・・・

でも、相性がいい子どももいるそうです。・・・・・・


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2017年10月28日 (土) | 編集 |
最近、テレビのコメンテーターの方たちから、「先生方も忙しすぎるから」という発言が時々出るようになっています。

いじめや自殺、不登校の原因として。

そこを改善してください!!!
2017年10月21日 (土) | 編集 |
明日は選挙の日ですね。
台風の影響が心配です。
ということで、私期日前に投票に行って来ました。初めてです。
市役所の14階を目指したのですけど、エレベーター前には列ができていましたよ。
意外と多いのですね。

正直、最高裁裁判官については、勉強していませんでした。 
マスコミももう少し情報流してもいいんじゃないかな。
2017年10月12日 (木) | 編集 |
昨日、夕方日が落ちてから、歩いて数分のスーパーにお買い物に出ました。

そしたら、少し坂になっている歩道で、小さな女の子が自転車を押しているのですが、うまく向きを変えられないでいます。
近づきながら見ていると、自転車を支えきれず自転車ごと倒れてしまいました。

自転車がまだ少し大きくて、カゴにはペットボトルの入ったバックを入れていたので、ハンドル操作ができなかったようです。
バックをカゴ取ってもらって、自転車を起こして、しばらく一緒に歩きました。自転車はまだピッカピカの新品です。
「足はつくの?」と聞くと、「まだ乗れないの」だそうです。
自転車を買ってもらったのがとても嬉しかったのでしょうね。押して誰かに見せに行ったのでしょう。
「家は?」と聞くと、「すぐ近く」と言うので、そのまま二人で押して行きました。

家の前に誰かが立って待っているのを見つけると「もう一人で大丈夫です」と、彼女は一人で自転車を押して歩きだしました。
私はその後ろ姿に「倒れそうになったら、自転車を離しなさい」と声をかけて別れました。

重い自転車に手をやくのは、力が衰えた老女ばかりではないのですね。
2017年10月08日 (日) | 編集 |
先日、初めて参加した別の地域の親の会は、ちょっと新鮮でした。

主催者から自己紹介、母親、そして不登校をしていた子の兄弟。
語り始められたとたん、胸に溜め込んでいたものが噴き出したのか、
普段泣かない方らしいけど、涙を抑えきれない様子でした。
いわゆる当事者ではない家族の苦悩を直に感じることになりました。
そして、その会の常連の母親たち。
自己紹介といっても、それぞれ語りたいことはたくさんあります。
私は最短の自己紹介で次に回しました。
「当事者を連れてきました」と中学生と参加した母親。
「私が変われないから子が変わらない」と、とても辛そうに語る若い母親。
それから、息子のひきこもりに真剣に向き合って、支援団体を立ち上げた父親。
それぞれ気持ちを抑え気味に自分の想いを紹介されました。

約十人の人が一巡すれば、あっという間に残り1時間です。

後半の部分は省きますが、たまには慣れない環境の中に身を置くのも勉強になるなぁと思いました。
そこにはよく知っている仲間もいたのですが、立ち位置が違うと、いつもと違った人に見えてくるのも新鮮でした。
2017年10月04日 (水) | 編集 |
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案外知らないですよね。私も参加してみようと思います。
2017年10月02日 (月) | 編集 |
にれけの人々 というテレビ番組があったのですが、ご存知ですか?私が確か小学生の頃です。
どういう内容だったか覚えていませんが、変わった人達が登場する面白いドラマだったように思います。

発達障害とか考えているときに、急に「にれ家の人々」という言葉を思い出しました。
私の親しい友人がよく「うちは、にれ家の人々みたい」と言っていたのです。彼女は笑っていましたけど、その時の話を思い出すと、あの家族の数人は、ちょっとした特徴をもった人達だったかもしれません。彼女自身も少し。

ちょっと空気が読めないおしゃべり好きな母親、怒るととっても怖いけど手品が上手な父親、急に怒鳴り散らし片づけまくるがとても社交的な長女、地味でこつこつと勉強にぼっとうする非社交的な次女、朝とても弱く特に中学生の頃母親にひどく当たり散らしていた長男、小1の通知表に1や2が並んだ次男。そして、読むのに時間がかかって本嫌いだった本人。
彼女は家庭内に乱暴な空気が漂うのが嫌だったのでしょうね。そしてその暴力に暴力で抑え込もうとする父親と、黙って従っているようにみえた母親にも不満があったように思います。でも、この家の誰も不登校状態にはなっていません。まだ学校や社会に時間的なゆとりがあったのかもしれませんね。

あの時あの両親にもっと知識があれば、別の対応がとれたかもしれません。
手が付けられない状態になれば、母親は嵐が通り過ぎるのを待つしかなく、彼女もその場から「逃げよう!」と弟と非難するしかなかったのだと思います。
彼女はこの異常な状態は、戦争や食糧難の後遺症だと自分で分析していたようですけどね。