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💓不登校は命を守る自然な反応💓決して怠けではありません ◆★◆それでも、学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、必死になるとかえって事態を悪化させてしまいます★💓★「不登校にもなれなくて無理を続けている子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままにはみ出しながらつづります(^-^)❤
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2018年01月31日 (水) | 編集 |
ラーメン屋のカウンターで一人昼食をとっていると、隣にオジサンが座りました。
他に席が空いてなかったからですけどね。

そしたらそのオジサン、「熊本ですか?」と話しかけてこられました。それで私も聞き返して、地震のときのことなどを話題にしていると、自分の職業や、手掛けた仕事の具体例や、そして、家族のことまで話されました。

男の方も、しゃべりたがっていらっしゃるということですかね。
お名前まではお聞きしませんでしたけど、個人を特定できるほどのかなりの情報量でした。

私は美味しいラーメンをゆっくり味わっていましたので、隣のオジサンの方が先に席を立たれました。
「このあと〇〇饅頭を買いに行くんですよ」と言い残して。
よくよく考えてみると、自分がやっていることを誰かに自慢したかったのかな。それとも、子どもさんの将来を気にしていらっしゃったのかな・・・。

私は「立派に働いてこられたから、地震にも耐えられる家を建てられてたわけですよね」と、言っておきましたけど。
ほぼ同世代の方でしたが、世間に疎い私には分からない地名も当然知っているかのように話されるのには、少し戸惑いました。
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2018年01月29日 (月) | 編集 |
先日、本屋さんで不登校の本を捜してみました。
街中の、ある有名な本屋で、なかなか見つけられなかったので店員に尋ねたら
「こちらです」と案内された場所は、「家庭教育」の棚でした。いじめに関する本も並んでいました。

ビックリというか、ちょっとガッカリです。・・・・
学校教育の棚に置いてある本屋もありましたけど、不登校に対する世間の認識は、まだこんなものなのでしょうかね。

そして、そこに並んでいる本の半分位は、腹の立つタイトルです。よーく吟味して選んでくださいくださいね。
2018年01月26日 (金) | 編集 |
私も編集に関わった登校拒否・不登校に学ぶフレンズネットワークくまもとが出版した本「ありがとう不登校」が下記の書店で取り扱われることになりました。
蔦屋熊本三年坂
まるぶん(上通り)
アシーネ熊本店
(大江のイオン 元ダイエーの中の書店)
紀伊國屋書店熊本はません
紀伊國屋書店光の森店
未来屋書店八代
TSUTAYA天草店


もし、本屋に行かれたら、「ありがとう不登校」ありますか? と聞いてみてくださいな。
2018年01月24日 (水) | 編集 |
今朝、あさいちで学習障がいをとりあげていました。見られた方もあるかもしれませんね。
最近NHKは、障がいについての番組をよく企画しているように感じます。そして、とても深い向き合い方をしているように思います。

スタッフの中に、そういう人と生活している人がいらっしゃるんじゃないのかな・・・。

字を書くのが苦手な人には書かないで済むような教え方をしたり、読むのが苦手な人には、隣の行を隠しながら読ませたり、また、
フォントや背景の色を工夫したりと、いろいろな方法が考えだされているようです。
障がいのある人に読みやすいように考えられた文書などは、デザイン的にもすぐれていて、特に困っていない人にも優しい感じになっていました。

気持ち的にもバリアフリーな環境が整うと、生きやすくなると思います。

番組の中でも「怠けていると思われるのが辛い」、「特別支援だと、人数も少なくて孤独感がある」、「子どもにどのタイミングで告知したらいいのかわからない」などの悩みが出されていました。

予算も地域によって違うし、先生方も、教育委員会や支援センターみたいなところのスタッフも、よき理解者とは限らないのが現状なので、
相談して反って傷つくこともあると思いますけど、「世の中まだこの程度だと」と開き直って、落ち込まないでほしいと思います。
親身になってくれる人もどこかに必ずいると思うので、出会うまで諦めないで。先ずは親がよき理解者になることです。

発達障がいでも、不登校でも、恥ずかしいことではないことを知ってほしい。家族も、本人も。そして、世の中の人も。

学習障がいがあっても多くの方に尊敬されている方、私の身近にもいらっしゃいます。
もちろん、不登校経験者でもね。(それは、そういう壁にぶち当たって、人として厚みができたからかもしれませんが)

私流に言えば、
「障がいがなくても、不登校を経験していなくても、恥ずかしがることはありません。あなたはあなたですから」
ということですかね。^;^
2018年01月19日 (金) | 編集 |
海外にも講演に行ったりするほどの精神科の名医が、福岡にいらっしゃるそうですけど、

その医者は「私を信じてください。」みたいなことはおっしゃらず、
「病気は医者だけでは治せない。医者は、本人が治そうとするのを助けるのが仕事」みたいなことを言われるそうです。

私は、県を超えてその医者にかかっていた人の親からその話を聞きました。

お医者さんたちも、もっと学びあってほしいものです。
2018年01月18日 (木) | 編集 |
先日、まだ暗いうちにバスに乗ったら、途中から中学生がぞろぞろ乗ってきた。
いつもだったら、私がやっと起き出す時間、みんな重そうな鞄を背負っている。私は思わず「ご苦労様」と言いそうになった。

きっと毎日、この光景がくりかえされているのだろう。・・・いったい彼らは、何時間働くのだろうか。
2018年01月16日 (火) | 編集 |
世の中には、色んな人がいて、いろんな考えがあるんですね。そんなこと分かっているつもりでも、時々良くも悪くも驚かされます。

そして、自分の中の「当然」が当然でない人もいることに気づき、自分にかかるストレスが、ちょっとした考え方で大きく変わることにも気づきます。

なんか具体性に欠ける表現で、分かりにくいでしょうけど、
私の場合、もう少し自分にも寛容になってもいいかなと、思った次第です。

で、「今年は遠慮しませんから」と言ったら、笑われちゃいました。・・・つまり、私が遠慮しているように見えていないということですかね。(笑)  

どう頑張っても別人になることはできないと思うので、自分の嫌なところも受け入れて、開き直って生きていこうかな。なるべく。
2018年01月10日 (水) | 編集 |
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2018年01月06日 (土) | 編集 |
「困難を有する子ども・若者によりそいましょう」という言葉を目にしますけど、
「困難を有する」って、どういうイメージを持たれますか?

行政としては、不登校・非行・ひきこもり・発達障害・障害 などを一まとめにして表現する言葉として使っていると思うのですけど・・・・

こういう発想が、私はどうも素直に受け入れられない。 

「困難を有された」なら、まだ分かる。いろんな個性に対応できない人との接触が、いろんな困難を生むのではないのかな?
「いじめられる子に罪はない」ということは、よく言われる。いじめる子にちやんと向き合って、その子の心の穴を埋めてやるべきだと。
この場合困難を有しているのは、いじめる子の方。(いじめられる子に悩みがないと言っているのではないのですけどね)
だとすれば、困難を有するのは子ども・若者に接している人の方ではないのかな・・・

「不登校」に関して言えば、今学校へ行けていても、明日行けなくなる子もいるわけで、ある日を境に困難を有したり、有さなかったりと変わるという考え方は、可笑しい。不登校のことを何も分かっていない。
学校へ行けなくなる子の苦しみは、学校に頑張って通っているときにすでに発生している。実はそこが一番問題だと思う。
学校へ通えるようになればすべてが解決するかのような錯覚?妄想?を描き続けているから、不登校は増え続けている。
私はそんな風に思います。

「不登校をゼロに」なんて目標は、逆効果でしかないと断言してもいい。

新年早々、少し熱くなり過ぎたかも。
まぁ、少しはいいですよね。だってこの冬はとても寒いんですもの。
2018年01月01日 (月) | 編集 |