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💓不登校は命を守る自然な反応💓決して怠けではありません ◆★◆それでも、学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、必死になるとかえって事態を悪化させてしまいます★💓★「不登校にもなれなくて無理を続けている子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままにはみ出しながらつづります(^-^)❤
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2018年02月20日 (火) | 編集 |
国会で、教師の働き方改革とやらで、仕事を減らそうと話し合っていました。やっとです。
何十年もかかるのですね。

うまくいくといいですけど、ちょっと気になる事も。

スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーを増やした方がいいとか、言われていたように思いますけど、
先生方にゆとりができて、一人ひとりの子どもに向き合うことができるようになれば、

いじめも減るだろうし、不登校もへるだろうから、カウンセラーの仕事も減るんじゃないのかな?と思ったのですが・・・

カウンセラーと呼ばれている人達もピンきりでしょ。ちゃんとしたカウンセリングができる人が急に増えるとは考えにくいしなぁ。

それよりか、教師を増やして、一クラスの人数を減らした方がいいんじゃないかな。

予算の問題かな・・・・・勉強はパソコンとかで、すぐれた指導を多く人が受けられるようになるかもしれないし、学校の形もかなり変化するかもしれないけど、

学校って動きがにぶいからなぁ。・・・とにかく、過労はよくない。それをわかってくれただけでも、良かった。

ということにして、今夜は寝ます。
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2018年02月17日 (土) | 編集 |
「ゲームばかりして!」と我が子を心配する親は多いけど、「勉強ばかりして!」と心配する親はあまりいませんよね。

「勉強していれば、やがていい学校に進学できて、いい仕事につけて、子どもがしあわせになる」と、信じている方が多いから、
勉強づけの毎日でも、「勉強ばかりして!」と、叱る大人は少ないのでしょうね。

でも、これがもし、ゲームで身を立てることができるようになるとしたらどうですか?
そして、知識や思考力、体力を使う仕事が、ロボットにとって代わられるとしたら?

世間が求めるものは、ひょんなことでガラリと変わったりします。・・・なんか笑えるよね。

でも、子どもが親に求めているものは、大昔から変わっていないんじゃないかな。
あなたどう思いますか?

2018年02月13日 (火) | 編集 |
必要に迫られて、今月三回大浴場を利用した。赤ん坊から高齢の方まで、いろんな人が利用している。まさに裸の付き合いですね。

長湯が得意ではないので、せっかくの温泉風呂もゆっくり楽しめないけど、「うちもあんな時があったなぁ」と、若い親子を懐かしく見守る。
人様に迷惑をかけないようにと神経を使う母親。おっかなびっくり湯船に入る慎重な幼児。
かと思えば、友達同士か姉妹か、小さな人形を持ち込んで風呂で遊んでいる子ども達。
元気に走り回って親からどつかれている幼児。色んな親子の有り様がある。

子育ては大変だからなぁ。みんな頑張っているよね。ついつい余計なことを考えて、あと十数えて上がろうと、頑張って温まった。

回を増すごとに少しずつ長く浸かっていられるようになり、汗もでるようになって、気持ちいいと感じた。

極寒の中の銭湯通い。暑くなったり、寒くなったり。。。それでも色んな物洗い流してリフレッシュ!
銭湯も悪くない。
2018年02月09日 (金) | 編集 |
自分の思い込みに気づかされると、少なからず衝撃が走ります。「あぁ、今まで何やってきたんだろう!」と。
そんなことが、昨日私の身に起こりました。

でも、それまでの癖というか、思い込みを取っ払って頭を切り替えるのは、とても難しいことですよね。だからすぐには修正できないかもしれませんが、

なんか新しい自分に出会えそうな気もして、すこしワクワクしてきました。

自分を変えようとすると無理があるけど、新しく知った方法や考え方がもし良いものだったら、たぶん無駄な力が抜けて
楽になるんじゃないかな。

楽な感じになったら、それはいい方法や考え方だということにもなるのかもしれない。

そして、それが「自然な自分」であり、「ありのままの自分」ということかもしれない。

そんな風に思うと、過去への後悔より、これからへの期待が膨らんでくるようです。
2018年02月05日 (月) | 編集 |
最近の自分の態度が、デカくなってきた気がする。もしや、態度は体重に比例してくるのだろうか・・・

いやいや、そんなことはないと思うけど。

あるイベントの最中、私の肩をそっとたたいて手招きする人がいた。主催者側のベテランの支援者だった。

小柄なその人は、とても困った表情で私に耳打ちされた。

「一人の支援者が、親の会のブースで長いこと持論を語り続けていらっしゃっる。あれでは親さんたちが胸の内を語る時間がない」

と。つまり私にどうにかしてほしいらしい。・・・わたしは、この方に信頼されるようになったかと嬉しくはあったけど、途中からは難しいと、困惑も大きかった。

でも、とにかくそっと輪に入って、しばらく話を聴いてみた。

そして気づけば、「すいませんが」と割り込んで
「ここは、なるべく多くの親の方たちに悩みを吐出してほしいので、時間も限られているし、支援者の方は申し訳ありませんが発言を遠慮してください」みたいなことを口走っていた。

その後どうなるのかと少し不安だったが、流石に理解ある支援者だったとみえて、親たちの話を穏やかな表情で最後まで聴かれていました。
私もそうだけど、教え導きたくなるのは支援者の性みたいなものですね。「早くその苦しみから抜け出させたい」という気持ちからですかね。
だけど、自分の苦しさを誰かに分かってもらったと感じない限り、どんな忠告も耳に入らないような気がします。それは、親子の間でも、教師と生徒の間でも言えることかもしれません。

若い頃の私からは考えられない自分の態度に、ちょっとビックリしてしまいました。