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💓不登校は命を守る自然な反応💓決して怠けではありません ◆★◆それでも、学校に行ってほしいと多くの人が必死になるのも分かります。でも、必死になるとかえって事態を悪化させてしまいます★💓★「不登校にもなれなくて無理を続けている子」も忘れず❤不登校の親を経験して学んだ事を、常識から気ままにはみ出しながらつづります(^-^)❤
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2019年03月30日 (土) | 編集 |
今日は暖かかったから、桜も一気に満開。息子夫婦と別れて一人お城の桜に見とれていると、
「あらぁ!」と後ろから声をかけられた。不登校つながりのお母さん。いや、今はお祖母さん。
「お茶でも」と誘われて、〇〇珈琲へ。

彼女は、子どもさんとケンカして、お昼も食べずに家を出て、桜で気を晴らそうとしていたようです。

「優しい子だったのに」と、とても悲しそう。私はとりあえず話を聴きました。どうも孫との接し方でもめたようです。
こんな時も不登校から学んだ事などが役にたつのです。・・・うーん色んなことが明らかに見える気がして・・・

「相手の気持ちを勝手に想像してないで、ちゃんと話し合ったほうがいいよ」
「きっと子どもさんも疲れているか、不安をかかえているかで、些細なことにイライラしたりするんじゃない?」
「本当はあなたを嫌っているんじゃなくて、信頼しているから甘えて乱暴な言い方をするのよ。うちもそうだった」などと話していたら、「ありがとう」と帰っていかれました。

少しは役に立ったのかな・・・。
今日は一日家にいるつもりだったけど、息子夫婦に誘われて街に出てきて、桜に導かれて予期せぬ遭遇。不思議。
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2019年03月27日 (水) | 編集 |
赤と青の丸

2019年03月26日 (火) | 編集 |
不登校に関する会議などで、参加者の不登校への想いを聴いていると、とても明るく前向きに語る人もいれば、悲劇的な出来事と共に、とても苦しい胸の内を怒りを持って語る人もいる。

世の中にいろんな経験値の人がいるように、不登校と向き合っている人の中にもさまざまな人がいると、しみじみ感じる。・・・当然のことなんでしょうけどね。

で、先日行われたあるつどいの実行委員会でも、そういうものを感じたのですが、時折ピリピリした空気につつまれるようなきがしたのは私だけだったのかな?そして、全体に少し重い空気。

うまく言えないけど、
「学校に行けなくなった子、社会に出て行かない子をどうにちゃんと社会で生きていける子にしたい。そのために親もこんなに考えを変え、子に向き合い、自分を見つめ直した」みたいな話が多くて、そのことは理解できるけど、もっと違う角度からの話があってもいいかなぁ・・・?

たとえば、・・・うちの子は既存の学校にあきたらず、学校に見切りをつけ、今自由な時間をフル活用して、自分なりの育ち方をしています。私も子どもに学んで面白いことに挑戦中です。・・・みたいな話、ないかなぁ。

それとか、・・・学校に通っている子たち、しっかり眠れているのかとても心配。目の下にくまつくったり、背中まるまっていたり。・・・なんて言う人もいてもいいかなと思っちゃいました。
2019年03月23日 (土) | 編集 |
2019.3.16 ふくふく会館で開催された

多様な学び実践研究フォーラムin九州 
シンポジウム「普通教育機会確保法」見直しまで1年~今必要な視点~  にて 齋藤眞人氏の言葉

●本法は、簡単に言うと「学校以外の教育機会を確保する施策を国と自治体の責務とし、必要な財政支援に努めるよう求めている」内容と言えます。が、そもそもこれを法整備しなければならない社会の現状こそが問題だと気付いて頂くことが重要だと考えます。これらを「配慮」と言うならば、とっくに、当然のように、全ての子ども達が安心できる配慮がなされてあるべきではないでしょうか。無責任な言い方かもしれませんが、法の内容よりも、社会のありようそのものが問われていると考えています。
2019年03月21日 (木) | 編集 |
多様な学び実践研究フォーラムin九州 の 資料に記された齋藤眞人大会委員長のあいさつ文より

●私がこのフォーラムに期待することはただ一つです。それは、多様な学びの手段を共有する次元を超え、子ども達、ひいては全ての人たちの多様性を無条件に認め合える「寛容の精神が醸成される社会」の実現に向けた、社会側の価値観の変革を呼び起こすことです。今日で何かが劇的に変化することはなくても、ここから何かが始まる小さなきっかけとなって頂ければ、これに勝る喜びはありません。
2019年03月18日 (月) | 編集 |
シンポジウムが終って、挨拶もそこそこに予定より一つ早いバスに乗りました。それでもバスは10分遅れて天神に着き、ヒヤヒヤもの。

電車はけっこう満員状態で、私はマスクをした年配の男性の隣に「ここいいですか?」と聞いて座りました。何か話しかけた方がいいかなと思いながら、きっかけつかめず、邪魔しないように座っていました。
でも、人間ておかしいですよ、しばらくしてその男性が降りるそぶりを見せられたので、私も立ち上がって、その方の背中に「お気をつけて」と声をかけたら、なんと返事をされたんです。

「はい」ですって。かわいいというか不思議というか、嬉しくなっちゃいました。…以前にもこれに似たようなことがあったような気もしますが・・・。マスクをしているオジサンだったけど、話しかけてもよかったのかな。

その後隣に座った女性は買い物されたのか、紙袋をたくさんもって乗り込んでこられ、スマした感じだったけど、しばらくして「外は寒そうですね」と話しかけると「そうですね。昼間はあったかかったけど」と答えて、気さくな感じです。

緊張は、ひょんなことでほぐれたりしますね。途中で乗り換えたら、今度は窓にそってシートが繋がっている電車でした。すいていてガランとしていました。
私は入り口入ってすぐの席に座りその日のことなど考えてぼんやりしていると、何かが落ちたような音がしました。見ると3メートル離れた斜め前の若い青年の足下にスマホが落ちています。だけど持ち主はスマホを持ったままの形で寝ています。近くの若者たちはスマホに夢中なのか気づいている様子ではありません。
どうしたものかと思っていると、私の座ったシートの方一方の端っこに座っているオジサンが気づかれたようでしたけど、動かれません。駅に泊まっても、よほど疲れているのか青年の形は変わりません。
私は本人が気づくのを待ちきれず、スマホを拾って持ち主の手にそっと戻しました。その時、やっとぼんやり目をあけた青年と目があい、隣の青年とも目があいました。私が微笑むと二人ともニッコリ笑ってくれました。

ほんのちょっとしたことが、その場の空気を変える。だとしたら、小さな私も少し空気を入れ替えることができるかもしれませんよね。・・・・私の降りる駅は、まもなくでした。



2019年03月17日 (日) | 編集 |
自分でも意外だったんですけど、今まで西鉄を利用したことがなかったんです。福岡方面に行く手段として、バスかJRしかないと思い込んでいたんです。乗ってみたら、快適。そして安い。癖になりそうです。

でも、初体験は緊張と間違いがつきもので、天神に着いてから「バスターミナル」の文字に沿って移動したら、高速バスの乗り場に行ってしまい慌ててしまいました。そして老舗のデパートの華やかな服の誘惑を振り切って、なんとか路線バスに乗って目的地「ふくふくプラザ」へ向かいました。

そこで何があったかというと、「多様な学び実践研究フォーラムin九州」です。一週間前に開催を知って、参加メンバーを知って、どんな話をされるのか直に確認したくなって、予定を急きょ変更して行きました。

結論を言うと、この旅の選択は間違ってなかった。


会場に着くと、大会委員長のS先生とばったり会うことができ「お久しぶりですね」と声を掛けて頂きました。そして実行委員の方々の中に知っている方が3人もいらして、ちょっと緊張もほぐれました。

基調講演とシンポジウムに参加しました。汐見大学教授の講演は面白かったけど後回しにして、私の中でとても気になっていたシンポジウム 「普通教育機会確保法」見直しまで1年~今、必要な視点~ について

普通だったら、こんな小難しいタイトルに魅かれたりしないのですが、パネリストのメンバーの中にS先生が混じっていたので、興味津々。分厚い資料を手に一所懸命聴いたつもりなんですが、正直難しくてあまり面白くない。それでも我慢していると、4人目のS先生の話でホッと癒され、また最初の方から確保法に関する説明が始まり、それぞれご自分の考えを説明していらっしゃるようだけど、聞けば聞くほど、何故か分からないけど辛くなり、

親の会に来られている方や、動き出せないでいるお子さんの事が頭に浮かび、その方たちのことを考え始めたら、涙が出てきて止まらなくなっていました。そしてまたS先生の話を聴いて、そうそうと大きく頷いていました。

S先生は確か「いい楽譜が出来上がっても、それをうまく奏でる奏者がいない状態」とおっしゃったと思います。さすが音楽家、うまい表現をされる。

そして凡人の私は「その楽譜がいいかどうかも判断できず、どなたが演奏されたとしても、よほど巧みな方の演奏でない限り、途中で眠ってしまうが、席を立つかだろうな」というのが感想です。




2019年03月14日 (木) | 編集 |
最近、パソコンの調子がとても悪くて、ヤバいかもしれません。このブログを定期的にチェックしてくださる方もあるようなので、とりあえずお知らせしておきます。更新が途絶えても、多分パソコンのせいで、私は元気です。

それはさておき、先日県の教育関係の人に会ってお話する機会があったのですけど、トップの方はなかなか柔軟な考えの方のようでした。でも、残念なことに、来年度は違う方みたいですけどね。

確かこんなことを言われたと思います。
「いろんな学校ができて、選択肢が多くなってきている。選択肢が増えれば不登校の子も親も楽になるのでは」みたいな。これはその方の言葉通りではないですけど、こんな内容だったかな。

それから、「一つのことも見る角度で違って見えるので、いろんな人から意見を聞かないと、判断をあやまる」・・それはその通りだと思います。
「人は自分の中の価値観を通して人の話を聞きやすい」・・・それも全くその通りだと思いました。

それはそうだと思いながら話をきいていましたが、問題は現場へそんな考えが伝わるかどうかじゃないかなと、いまになって思います。

いろんな学びの場ができたとして、そこにちゃんと子どもに応えられる人がいないとダメだし、子どもがどんなに貧しくても利用できる場がないとうまくいかない気がする。

そしてたくさんの学びの場ができて、そこに魂が入っていなければ、競争が激化してもっと悲惨な状況になるんじゃないかと、心配。それこそ本当にヤバいかも、です。
2019年03月08日 (金) | 編集 |
我が子が不登校にならなくても、素敵な出会いはあったのかもしれないけど、
今私が支えにしている方々とは接点がなかっただろうなと思います。

そして、私は「学校は行くべき所であり行かせる所」という考えのままだったとも思います。

それから人の話を聴くこともできず、自分の特徴にも気づかず、もちろんこんなブログなんか開設していなかった。

そうそう、本も出版していなかったはず。

人生は面白い。人間も面白い。嫌なこともたくさんあるけど、想定外の素敵なこともある。

自分で限界を決めてしまうと、損しますよ、ネ。



2019年03月01日 (金) | 編集 |
今日は、いつもと違う時間に家を出て、いつもと違うコースで帰って来たのですが・・・・

そのおかげで、行きと帰りに素敵な人と出会いました。いつものように動いていたら出会わなかったはずの方々です。この偶然、私の未来を変えるかもしれません。

なーんてね、少し大げさかもしれませんが。
行きに出会った人はよく知っている人で、私に「今度の懇親会、どうにかして参加してよ!!」と念を押されました。・・・・この人にここで出会うなんて奇跡に近いからなぁ・・・・

そして、帰りに出会った人は初めての方です。JRの最寄駅から普段なら自転車で帰る所、今日は行きは家の近くからバスに乗ったので駅からてくてく歩いて帰りました。
そしたら「全国ものつくり塾」という看板のある古ぼけた建物のドアが開いていて、一人のオジサンが何やら作っていらっしゃいます。私が覗き込むと目が合ったので、「こんにちは。何を作っていらっしゃるんですか?」と話しかけ、そっと入っていきました。そしておしゃべりしていると、国からの支援で木育事業?みたいなことをしていて、不登校の子との接触も多いようなのです。

私は「へーそうですかぁ」と感心しながらメモを取り、自分の立場を話し、不登校のことを話しました。そしたら熱心に聴いて下さいました。

地震後、この地域に引っ越しして最寄りの駅を利用するたびに「ここはどういうところなのかなぁ」といぶかしげに見て通っていたのですけど、やっと謎が解けました。

同じ地域に住む人に名刺を渡したのは、引っ越して二年半で初めてです。